2011年10月4日火曜日

「売れない時代に売る」ための営業改革

第3回:営業チャネルの最適化による生産性とコスト効率向上


エム・アイ・コンサルティング株式会社
真保 浩


昨今の技術の進展や情報化の波によってもたらされる、商品・サービスの機能自体による差別化の困難さ、ひいては不毛な低価格競争の罠に陥ることを回避するために、前回は、営業改革の第一歩として、自社のビジネスが顧客に対して提供する本質的な価値を定義し、その上で顧客の根源的なニーズに訴求する自社商品・サービスの「ウリ」を明確にしていくことの必要性を述べた。

営業改革の次のステップは、営業チャネルの最適化であると考える。営業チャネルの最適化は、「顧客セグメントと営業チャネルの最適化」と「営業プロセスと営業チャネルの最適化」の2つの視点が基本である。

まず「顧客セグメントと営業チャネルの最適化」について、みなさんの会社は次のような状況にないだろうか?

(1) そもそも明確な顧客セグメントという考え方がない
(2) 営業チャネルは全てが人的リソース(=高コスト化)
(3) 営業リソースの限界で、本来攻めるべき市場や顧客をカバーし切れていない
(4) 営業担当者はリレーションのある訪問しやすい顧客ばかりケアしている  など

こうした状況の中で、顧客セグメントと営業チャネルの最適化とは、概念的には以下のようなイメージになる。


<顧客セグメントと営業チャネルの最適化>










 自社にとっての重要度で顧客をセグメント化した上で(この例では、取引実績・期間などのリレーションと、将来を含めた潜在的な売上規模で、重要度を区分)、重要度の高い顧客には営業担当者によって手厚いフォローをし(B2C[注]で言えば、ロイヤルデスク/コンシェルジュ、顧客担当制営業等々が相当)、逆に相対的に重要度の低い顧客は、Web、電話、DMなどの低コストチャネルでカバーをすることで、営業担当者リソースの有効活用と、低コストチャネルによる幅広い顧客のカバレッジを実現することが、その戦略的意図である。

また、営業担当者の割り当てにおいては、経験・スキルレベルによって、担当顧客の割り当てを考慮する必要がある。既出のイメージ図で行くと、例えば、右下の象限(潜在売上規模は大きいが、未だリレーション開拓中)が最も攻めるべきターゲットであり、第一線級の営業担当者を割り当てるとか、右上の象限の現時点で既にリレーションもあり取引規模も大きい顧客は、ベテランとこれから伸びる中堅若手を割り当て、ベテランのフォローの下で大口顧客との取引経験を積ませるといった戦略的な割り当ても、営業担当者の最適配置という観点では必要な対応となる。

もうひとつの視点は「営業プロセスと営業チャネルの最適化」である。これは、営業プロセスの各段階ごとに、その特性に応じた営業チャネルを割り当てるというものである。


<営業プロセスと営業チャネルの最適化>











一般的に、全てのターゲット顧客への全ての営業プロセスを営業担当者(人的リソース)でカバーすることはコスト的にも得策ではないし、そもそもそこまで潤沢な営業担当者を保持している企業は皆無に等しいであろう。「いや、我社は全ての顧客対応は営業担当者が実施している」という企業は、本来100あるターゲット顧客のうち、目の前に見えている70とか80の顧客に対応しているだけであり、残りの潜在的ターゲットたる20-30の顧客には手をつけられていないことが多い。(B2Cであれば、店舗に来てくれる顧客だけでなく、店の外を歩いている人を来店させることが営業対象)
いずれにしても、これが新規顧客開拓に悩む企業が多いひとつの要因である。

これに対しては、前述の「顧客セグメントと営業チャネルの最適化」に通じるが、営業担当者が対応すべき顧客およびプロセスを明確化し、相対的重要度が低い顧客であったり、営業担当者が担当する必要性が乏しいプロセスを、可能な限り、Webやコールセンターで代替することが解決策となろう。

さらには、特に初期の情報収集段階におけるWebの活用度合いは非常に高まってきており、顧客利便性という観点も考慮すべき事項である。
初期段階の情報収集や競合との比較検討などによる一定の研究や絞込みは自らで実施したいという顧客や、いきなり営業担当者が出てくると面倒なので簡単にWebや電話で済ませたいといった顧客層は存在する。また、興味を持ったら24時間365日いつでも即座に情報収集したいというせっかちな顧客もいるであろう。こうした顧客からすると、営業担当者以外の顧客対応チャネルがあることは非常にありがたいし、逆に企業からしても、顧客の購買意欲が高まっているときこそ、最も確度の高い売り時であり、これを逃さないことは大事なことである。

さらには、これらの営業チャネル(顧客接点チャネル)を多様化させる際には、その対応品質と、チャネル間の情報連携が非常に大切である。
せっかくWebや電話で問い合わせてきた新規顧客情報が営業担当者に引き継がれない・放置されているというもったいない話は結構よくある。また、同じ内容を何度も説明することなく、Webで問い合わせした内容は確実にコールセンターに引き継がれ、即座に必要な情報をきちんと提供してくれるなどの一貫性のある対応は、顔を合わせないチャネルなだけに余計に大切であるし、それが初期段階における顧客への企業イメージとして確立・固定化されるからである。

今回は紙面の都合があるので基本的な考え方の記載に留めたが、営業チャネルの最適化には検討すべき論点が多い。何故なら、営業コストの多くは人件費を含む営業チャネルに係るコストであると同時に、チャネルは実際の営業活動を行う主体であり、すなわち企業の売上を担うものであるからこそ、その営業ROI(=投資対効果)が重要な経営課題になるからである。

2011年9月20日火曜日

「売れない時代に売る」ための営業改革

2回:営業改革の第一歩は商品・サービス戦略から


今回の震災や原発問題の影響は、製品・部品調達問題、電力問題、物流問題、消費の停滞・意欲の冷え込み、復興に伴う財政問題等々、日本全国においてじわじわとその影響が目に見える形となって表れてきているようである。
前回のコラムでは、「売れない時代に売るための営業改革」に取り組むことを提案したが、このような環境下で手をこまねいていることなく、より一層の前向きかつ攻めのスタンスによる経営が求められてきているのではないだろうか。

では、一口に「営業改革」と言っても、何から手をつければ良いのであろうか。
その出発点となるのが、「マーケティング戦略」である。その中で、特に重要なのは、「商品・サービス戦略」であると考える。

さて、このコラムを読んでいるみなさんに質問がある。

「みなさんは、何をウリにして自社商品・サービスの営業を行っていますか?」

いろいろな答が想定されるが、大きく分ければ機能・性能、品質、価格に分類できるのではないかと思う。

しかし、ここで考えていただきたいことがある。これらは本当に競合他社に対して優位性のある「ウリ」になっているのだろうか?またそれは長期に渡って持続可能なものなのだろうか?

昨今は技術の進展が著しく早く、圧倒的な商品優位性を確立することは困難な時代である。身近な例では、最近はやりのスマートフォンを考えてみればよい。某社の出したスマートフォンは非常にユニークな商品であり一世を風靡したが、ほんのわずかな期間しか経過していない間に各社が類似商品を発売し、今ではどの企業のどの商品が優れているのか、何が違うのか、我々消費者からすると全く理解できない状況になっている。
そして、このように商品・-サービスの機能的な価値の独自性がなくなるとどうなるか。訪れるのは厳しい価格競争による消耗戦であり、まさに昨今多くの企業が頭を悩ませている状況に陥ることとなる。

みなさんの会社の置かれている状況はいかがであろうか。


もし幸いにも商品・サービスの圧倒的な優位性があるのであれば、営業改革の軸は、その優位性を明確に分かりやすく顧客に訴求するためのブランディングとメッセージングの強化、および、より多くの顧客にリーチするための営業チャネルの量的拡大になる。より多くの顧客に接触できれば、商品・サービスの優位性により勝手に売れるという構図になるのである。そして、他社が追随してくる前に、スピード感を持って圧倒的なシェアを獲得することが戦略の基軸となる。

しかし、そのような恵まれた企業はそれほど多くないと思われる。では商品・サービスの差別化に悩む企業はどうすれば良いのだろうか。

それは、真の顧客ニーズ(=根源的な顧客ニーズ)に訴求することである。

顧客はその商品・サービス自体が欲しいわけではない。本当に欲しいのは、商品・サービスを活用することによって得られる価値を求めているのである。
例えばITソリューションベンダーのビジネスを例にしてみると、顧客企業はハードウェアやソフトウェア自体ではなく、IT活用によって生産性を高めたいとか、事務負荷を下げたいといった顧客の課題を解決したいのである。これが、営業スタイルとして、いわゆるソリューション(解決策)提案が求められている所以である。

さらに、顧客の課題を解決するということ自体も深く掘り下げて考えてみれば、最終的な売上拡大やコスト削減などの経営戦略の実現に資するビジネスメリットを享受したいということが、本当のニーズであることが見えてくる。
そなると、例えばコスト削減を主要経営課題としている企業であれば、「IT化による事務コスト削減」だけではなく、「IT化による事務コスト削減に加えたSaaS型のシステム導入によるシステム構築・保守・運用コスト削減の両立」が訴求ポイントとなってくるかもしれない。
さらには、ITだけではなく直接的に事務部門全体のアウトソーシング(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)が、大幅なコスト削減施策として経営層には受け入れられる可能性もある。
こうなってくると、自社の商品・サービス自体の機能的な優位性だけではなく、真の顧客ニーズを把握する能力、その顧客ニーズの観点からの自社商品・サービスの優位性の訴求が競争の軸となるのである。

このように、商品・サービスの持つ機能そのものだけではなく、顧客ニーズに対する商品・サービス活用を通じた効果の訴求(ソリューション提供)、自社の他商品・サービスとのパッケージングによる一括サービス(システム構築+保守・運用)、根源的ニーズに応じた提供商品・サービスのシフト(BPOへの展開)などを経ることで、「ウリ」の軸が商品・サービス自体の機能的な価値から、異なる土俵へと展開されることになる。

商品・サービス戦略は、卸売会社であれば「小売店での売上向上のための販売コンサルティング会社」、製造機器メーカーであれば「顧客のサプライチェーンの最適化会社」、建設会社であれば「快適なオフィス・住空間の提供会社」、レストランやホテルであれば「癒し・快適さ・エンターテイメントの提供会社」、部品メーカーであれば「いかなる個別ニーズに誰よりも迅速に応える組み立て企業のパートナー」、または業界に関わらず「業界のイノベーターとして徹底的な低価格サービスの提供」等々、自社の存在意義を再定義することで、どのような顧客ニーズに対して、どのような価値を提供するのか、見えてくるはずである。

営業の勝負では、持っている武器(=商品・サービス)の優劣により勝負が決まる面が大きい。一方で、いくら優れた武器を持っていても、それを生かした戦い方が出来なければ、やはり勝負に勝つことは難しい。
それ故に、営業改革の第一歩は、自社商品・サービス戦略を策定し、いかなる軸をもって顧客ニーズに対する価値を訴求し、他社優位性を確保するかを明確にすることであり、これを受けて、この商品・サービスを生かした営業を実行するための営業プロセス・組織や営業担当者の能力育成などの改革の打ち手へと展開されていくのである。



エム・アイ・コンサルティング株式会社
真保 浩

2011年9月15日木曜日

「売れない時代に売る」ための営業改革

1回:売れない時代だからこその営業改革のすすめ

エム・アイ・コンサルティング株式会社
真保 浩

まず初めに、今回の東北関東大震災で被害にあわれた皆様に、心からお見舞いを申し上げます。

さて、昨今、不透明な景気動向、設備投資の減少、デフレ、消費マインドの低迷等々、企業を取り巻く経営環境は非常に厳しい状況にある。また、ライバルとの競争激化も進み、商品差別化は困難で、つまるところ低価格化しか競争軸が見出せず、結局は消耗戦の様相を呈している。こうした環境下において、多くの企業の方々から、「全然モノが売れない」、「売れる気がしない」といった悲観的な言葉をよく耳にする。

まさに、「売れない時代」である。しかし、売れない時代でも売るのが、営業の使命である。それにもかかわらず、多くの企業の営業部門の方々からは、自社の営業について以下のような課題・問題意識をよく耳にする。(ちなみに、これらは読者の方々の会社にも当てはまる部分は多いのではないだろうか)

·       数字のプレッシャーばかり強くなっているが、いかにその数字を達成するかの戦略・施策は降りて来ない(または、いろいろな戦略・施策は導入したものの、現場感とかけ離れて定着せず、効果も上がらないままに形骸化)
·       提案型営業との掛け声は良いが、実態は相変わらずの御用聞き型の営業スタイルのまま変わっていない
·       顧客からの要求が厳しくなっており、結果的に値下げ競争という採算無視の消耗戦しか勝負の軸が見出せていない
·       受注率が下がっているので、案件の如何に関わらず数多くの引き合いに取り組むことが求められ、結果的に採算も改善しないし、営業部隊の疲弊も激しい
·       内向きの会議や報告・管理作業ばかりが肥大化し、本業に割ける時間が乏しい(または、内部作業に忙しくしているだけで仕事をやった気になっている人が増えている)
·       若手が育っておらず、これまでのOJTに頼った人材育成には限界を感じている
  など

そして、これらのコメントを下さる方々の多くは、こうした課題・問題は重々承知しているものの、結局は有効な打ち手が見つからず、既存の延長線上での「がんばり」で何とか凌いでいる状況に頭を悩ましている。

一方で、このような同じ悩みを抱えている中から、抜本的な的な営業改革を図ることで、大きな成果を出している企業もある。

例えばA社では、「営業プロセスの標準化」、「チーム制導入」、「ROI管理強化」を行った。
営業活動をその進捗状況に応じた各段階を軸に標準プロセス化し、それぞれの段階で満たすべき要件(顧客顕在・潜在ニーズは明確か、キーマンは抑えたか、競合相手は把握できたか等)を定義することで、各段階における営業活動として営業担当者が実施すべきことを明確にするとともに、各段階完了時に、次の段階に移行するためのマネジメントのレビュー・承認を設けることで、営業活動品質を高めるとともに、採算性、勝ち目などを判断し、場合によっては営業を中断させる、すなわち勝ち目のない勝負に時間・労力とお金を使わないようにした。
また、顧客の要求水準が高度化・複雑化しており、一人の営業担当者では全てを賄うことが難しいケースが増えていることから、案件特性に応じた経験豊富なメンバーを営業チームメンバーとして参画させ、部門を越えた総力戦で勝負するようにした。(ちなみに、サポートメンバーにも営業成績が付与される仕組みも導入している)
さらには、営業活動にかかる費用を可能な限り直接原価として把握することで、成約価格との総合的な収支を管理できるようにした。これにより、採算割れになる営業活動や提案を回避できるし、逆に、営業担当者達には、採算性の見合う、より大きな案件に対する営業活動に注力するようなマインドセットが醸成された。

SFACRMなどのITを導入している企業も多いが、なかなかその活用が進まず、ねらった効果が得られていないという話を良く聞くが、B社ではSFAの導入にあたって、「営業管理のためのSFA」ではなく、「営業に役立つSFA」を目指した。
例えば、案件で提案する見込製品の登録を行うと、その製品の提案に必要となる関連部門にも自動的に案件情報が共有化され、チームとして営業を推進するようにしている。また顧客課題を起点として登録を行った場合には、課題に応じた製品の組み合わせが提示され、どのようなアプローチをするべきかといったアドバイス情報も得られる仕組みを構築している。これにより、単品営業ではなく、商品を組み合わせたトータルパッケージでの営業提案を後押ししている。
このようなSFAの活用メリットを提供することで現場の営業力を引き上げるとともに、営業管理強化という元々の目的・効果も合わせて享受している。
また、別の事例では、IT活用を定着化させ、効果をあげるために、ユーザー(営業)部門からメンバーを組織化し、その組織が主体となって、勉強会を開催したり、便利な活用方法、成功事例などを集約・広報するなど、「ITありき」ではなく、現場のユーザー視点に立った定着化活動を図っている例もある。

C社では、営業担当者が一定のテリトリーを与えられて営業活動を行っているが、担当顧客が多く、営業担当者の負荷が非常に高い状況になっているとともに、本来的に攻めるべき顧客に対する営業活動時間が十分に割けない状況に陥っていた。
このケースでは、顧客分析に基づきセグメント化した上で優先度・重要度を設定し、重点的に攻めるべき顧客を明確に設定して営業活動を集中化させるとともに、相対的に優先度・重要度の低い顧客に対してはWebによる対応にシフトさせることで、営業担当者のサポートが薄くなることを補完している。さらには、Webを積極的に活用した新規顧客開拓(Webマーケティング)を強化することで、営業担当者の活動を支援することも志向している。

これら事例におけるA社は「営業プロセス・営業マネジメント改革」、B社は「ITをテコとした営業力強化」、C社は「顧客戦略策定とマルチチャネル化」と整理できる。他の事例を掲げれば異なる改革テーマが見えてくるであろう。このように営業改革として取り組むべきテーマは、各社の置かれた環境や営業部門の現状により多岐に渡る。

「営業力強化」は古くて新しい課題である。永遠の課題という言い方でも良いかもしれない。前述の通り現状はモノが売れない環境にある。しかし、こうした中でも業績を伸ばす元気の良い企業も沢山ある。だからこそ、こうした環境下での勝ち組を目指して、この深遠なる課題に向かって、改めて「売れない時代に売るための営業改革」に取り組むことを考えてはいかがだろうか。

2011年7月1日金曜日

日本を襲う金融の大津波にどう対応する? プランBに備えよ

日本を将来襲う可能性が有る金融の大津波、その状況は日本の価値暴落とそれに伴う経済・金融の大混乱である。具体的には、円安、国債の暴落(金利は上昇)、制御不能なインフレ、金融恐慌、経済の混乱に伴う大幅な経済の落ち込み、といった現象であろう。地震と津波は局所的な現象であったが、この大津波は確実に日本全土を襲い、そしてその影響は世界に波及する。


危機のトリガーから危機的状況へ

 では、そのような危機をもたらすトリガーとなる現象は何であろうか? 筆者は、図-1に示すような以下の二つの事象を、危機のトリガーとして想定する。
・国債暴落(=長期金利の急上昇)
・円の暴落(=為替の急激かつ大幅な円安)


 

1990年よりここまで赤字国債の発行を続け経済を維持してきた現在を例えれば、からからに乾いた藁の上に薪が積み重なった状況である。ここに上げた多くの危機のトリガーのうち一つでも本当になれば、火が付き燃え上がることは、想像に難くない。
 そのようなトリガーにより起こった危機は、どのように拡大していくであろうか。筆者は、まずは年率20%程度の円安・インフレといった状況に陥る可能性が大きいと思う。
 円安・インフレの進行と同時に国債は暴落する。そうなると、国民は金融機関の経営への不安を感じ、郵貯・銀行預金の引き出しや保険解約へ殺到する。更には、自らの預金の実質的価値が目減りすることを避けるために実物資産を購入する動きが強まり、インフレはさらに昂進する。
 金融機関のバランスシートが国債やその他債権の暴落で傷んだところに、預金者の引き出しが殺到することになり、多くの金融機関は倒産の危機に瀕し、その結果産業界に資金が回らなくなり、経済混乱から経済はマイナス成長、物価は上昇というスタグフレーションの状況に陥る。


危機的状況の逆進性

 このような金融・経済危機において最大の被害者は国民、それも弱者である。この20年における金融危機や不況は、国民にきわめて深刻な影響をもたらしたかと言えば、それはNOである。
 無論、低成長や低金利は多くの国民をじわじわと苦しめているのだが、個々の生活レベルを見れば所得が低下したもののデフレの恩恵もあり、必ずしも危機的な状況には至らなかった。しかし今回の危機で、その痛みをもろに受けるのは弱者、次にはある程度の資産を持つ一般的な国民である。インフレの進行に応じて年金や保障費が上がらなければ、その分実質的な生活が苦しくなる。企業倒産から失業も増加するであろう。倒産を免れた企業でも、平均すれば経済成長率の低下で、インフレに見合った昇給を実施することは難しくなる。

金融危機の津波は、弱者により大きな被害をもたらす、逆進的な災害である。年金や社会保障費で暮らす者に最も厳しく、次には倒産企業の従業員へ厳しい、そして倒産を免れた企業においても従業員の生活は、一様に厳しくなるのである。
 このような20%のインフレが仮に5年続いたとすれば、計算上物価は2.5倍、為替は250%の円安となる。そこまで行けば、国家債務も実質上半分以下になり日本の価値も相対的に調整され、経済は落ち着きを取り戻すであろう。
 消費税よりもっと強烈な、国民等しく課税するインフレーション・タックスの効果である。日本の実質経済規模も半分以下とは言わないが、80%程度まで減少しているのではないか(かなり当てずっぽうです)。1997年に金融危機に襲われた韓国に比べるとかなり深くて長い危機ではありましたが、さあ、ここから再出発という感じであろう。
 しかし、インフレの初期段階でそれに合わせ年金や生活保護、その他社会保障費を上げたり、金融恐慌や経済対策のため国債の発行を拡大したり、外貨交換の規制などを行うと事態は破壊的な状況に陥る。津波の被害は幾何級数的に拡大し、最終的にはハイパーインフレーションに陥り日本壊滅、世界経済は大混乱といった状況が予測される。
 それこそ原発が、圧力容器や格納容器を含め、一気に爆発したような想像を絶する状況になると思われる。
 こうなると、その後の危機の状況がどのような結末をもたらすかは、予想できなくなる。いずれにしても経済の混乱はより深く長くなり、政治的にも社会的にも、破壊的な混乱がもたらされる可能性が高い。

プランB 準備政策

 さて、いよいよこのような事態に備えるプランBを解説していこう。プランBは大きく災害に至るまでに準備する準備施策と、災害が発生した際に行う実施施策に分かれるが、先ずは準備施策を述べて行く。
 準備施策の中でまず重要なのは、日本の金融・経済システムおよび国家財政の体質向上施策であり、具体的には以下の項目が考えられる。

・増税と社会保障抑制の一体的改革により、財政バランスを良化させる。

・経済成長実現により経常黒字幅拡大をもたらす経済政策
 -新成長戦略の実施
 -政治主導による国内産業構造改革により過当競争抑制と国際競争力向上
 -徹底した規制・制度改革
 -国際的競争環境のイコール・フッティング
 -雇用流動性の向上
 -中小企業は弱者保護から強者育成へ
 これらはいずれも、現状政策課題に上がっているものの、実行局面において主として既存利害関係者の調整がかなわず、実効が上がっていないものが多い。
 それから、プランBの発動が想定されるような金融・経済状況において、現状の準備が十分でない項目は、以下のようなものがある。

・自治体破産法制の整備
 -現状自治体再建の法制はあるが、債権カットや破産管財の法制は無い。

・諸外国との相互依存関係を強化(特に対中国)
 -中国を始め諸外国の上質な人的・金銭的資源を、日本に取り込む(老人施設入居、企業での採用促進)
 -中国特定地域との相互関係を重点強化(華北部?)
 -日本の中国向けプライベートバンキングビジネスを強化
 -ASEAN(非華僑国)、インド、EUとの関係強化(近攻遠親)

・外貨獲得手段の維持・拡大
 -円安で競争力を増す製造設備の維持・拡大
 -対外国人向け観光施設・拠点整備
・外交的安定の獲得と財政・金融外交政策準備

・プランB実施諸政策の準備

・金と外貨の蓄積
 -現在の外貨準備1兆ドルは充分か検証要


これらの施策は、その多くが現状の金融・経済政策との協調が充分に可能なものであり、プライオリティを上げることで取り込み可能であろう。
 次は、プランBの内容である。内容については、図-2にまとめたようにその項目は多くの省庁にまたがり多岐にわたる。実施にあたっては、現在の復興庁設置でもたもたしているような状況は問題外。政府の関係各省庁のみならず、日銀や金融界を中心にした経済界とも緊密に連携した組織を構築し、運営にあたる必要がある。

 
そのような運営の中核となりうるインナー組織を、非公式かつ早期に立ち上げ、内容に関する議論と共に実際に起こりうる状況を想定した「演習」に取り組んでいくことが望まれる。
 また、重要なのはこのタイミングで長年出来なかった日本の産業構造と社会システムの改革を一気に行うことである。表の中では、低生産性産業の再編と抜本的な規制制度改革、そして優先順位に基づく緊縮予算の実施による全面的な行政サービスの見直しと再構築が、それにあたる。ここで重要なのは、そのような準備を事前にきちんと行っておくことである。そうでないと、各所から上がる要求の火の手に対して適格な対応が出来ず、結果的により混乱を大きく長引かせ、国民の不利益を大きくしてしまうからである。


最後に

 東日本大震災の復興にもたつき、原子力問題から全国レベルの電力危機が派生し、多くの製造業が国外移転を考える現状はプランBにとっては危機的な状況と言える。また、不穏な動きを強める中国は、軍部と現在の指導部が徐々に不穏な雰囲気を醸し出しつつあるさまは、1920年代から軍部が台頭した日本の状況を思わせる。
 一方で、太平の夢からいまだ抜けきれない日本は、当時の中国の状況に被るものが有るのではないか。このような迫りつつある危機に、日本の政治や企業、国民は未だ性善説を信じているように思える。それはそれで幸せなことであるが、政治が今の体たらくから脱し、リアリズムに基づいた政策を行わないと我々の日本の将来は危うくなると思われる。この課題提起が少しでも、そのような行動を前進させることを祈りたい。

2011年6月30日木曜日

日本2020年のシナリオ~金融の津波に襲われた時にどうする?

東北大震災とそれがもたらした津波は、想像を超えた破壊力を示すとともに、あらゆる側面における我々の準備・対応能力不足を浮き彫りにした。それでは仮に、財政破綻の懸念から日本が「金融の津波」に襲われた場合、我々はどのような対応を取るべきであろうか? 政権の中枢や霞が関の官僚を含め、ほとんどの日本人は「準備や対応」などもなく、それ以前の状況ではあるまいか? 筆者は、そうした問題意識に強くとらわれ、昨年の夏より日本経済の災害対策計画「プランB」の検討を多くの方々の協力を受けながら進めてきた。  そして現在、政治のリーダーシップが決定的に欠落し、災害からの復興はおろか復旧もままならず原発事故が暗い影を落とす中、未熟な政治の無策という人災が明白であるにも拘らず国民は本気で怒ろうとはしない。このような様子を見るに、いよいよこのプランBが必要となる可能性は高まっているように思われ、読者に公開することとした。

転換期を迎えた世界と日本の地位

 ベルリンの壁崩壊から東西冷戦が終結し、天安門事件を経て中国が開放経済に移行して20年以上が過ぎた。そして2008年のリーマンショック以降、世界のガバナンスは先進諸国を中心にしたG8体制から、BRICSに象徴される新興国を加えたG20体制に移行した。それは、図-1に示すアンガス・マディソンによるGDP推計を見れば、世界が大きく1820年の状況にリバウンドして行くことに他ならない。

 

そのような中、日本が世界で占める地位はどのように変化しているであろうか。それを推し量るため、日本、アメリカ、中国という日本にとって最も重要な三国間の相互経済依存度を、相手国が自国の輸出に占める割合としてグラフ化した図-2を見ると、日本の世界、特に中国に対する相対的な地位の低下が、一目瞭然である。




10年後に向けた日本のシナリオ

 転換期の世界において、ここから10年、2020年に日本はどのような姿になっているであろうか? 筆者が、昨年来各界のミドルからボランタリーな協力を受け、シナリオプラニングの手法を用い2020年に向けた日本の姿を4つのシナリオにまとめてみたのが図-3である。


 
 
 
 

米中が果たして「大人のG2」となるか「国家エゴの衝突」を招くか、日本は影響を与えることが出来るが、結果を決めるのは米中である。それに対して、日本の政治が「創造的改革と自立」に向かうか「現状維持とポピュリズム」に陥るかは、日本国民の選択と政治家の能力の問題であり、結果を決めるのは我々である。


日本の現状(財政)

 改めて、日本の現状をより詳細にみてみよう。先ずは財政から見ると、状況は極めて危機的である。日本の国債発行残高は900兆円を超え、対GDP比200%に迫っている。国債以外にも、地方公共団体の地方債発行残高は200兆円、但し国より不明朗会計の地方には大きな隠れ債務が有ると言われ(夕張市が破綻したケースでは、公表地方債残高187億円に対し総負債はその3倍を超える599億円であった!)実態はその2、3倍はあると思われる。
 過去、そのような国家負債を返済した例として、1947年から28年かけて返済した英国、1046年から28年かけて返済した米国の例が上げられる。これらはいずれも、財政黒字、経済成長、そしてインフレの組み合わせで返済した。

但し、このいずれの例も、第2次世界大戦終了後の経済成長とベビーブームという「上げ潮」の状況下であったことに、留意すべきである。人類史上かつてないスピードで少子化・高齢化が進み、デフレギャップに悩む「下げ潮」状況で巨額の国家負債から脱却に成功した例を、筆者は知らない。
 経済の低成長と人口ボーナスの減少により、ここまで国債の国内消化を支えて来た国内預金残高は、2,3年のうちに減少に転じる。郵貯、年金も同様の状況にあり、2013年から14年にかけて消化どころか、その保有する残高を売却する必要に迫られるようになることが、予想されている。これらの理由により多くの有識者は、国債の国内消化が可能なのはあと3年と予測している。
 そこに、震災の影響に電力不足・価格高騰が重なる結果製造業の海外流出が進めば、日本の経常収支は赤字となり預金残高の減少は、さらに早まることになる。国債そして円の大暴落という津波は、もう水平線に姿を現している。


日本の現状(経済・金融システム)

 それでは、津波を受ける日本経済と金融システムの現状はどうだろう。1990年代後半の金融危機や2002年の小泉構造改革という局地的な普通の津波で、日本の経済・金融システムはそれなりに大きな被害を受けた。そのような経験により、金融システムを守るための銀行破綻や資本注入、あるいは企業の破産や再編といった事後的な対応に関して法整備が進み、一定の経験を積んだと言える。
 しかし、所詮は局所災害における事後処理対策のレベルであり、構造的な災害に強いシステムへの転換が進んだとは言い難い状況である。
 そもそも高度経済成長を支えた、日本型経済・金融システムと呼ばれるものの原型は、日本が中国から更には米英との戦争に向かう中、国家生産効率最大化のために作り上げたいわゆる1940年体制と呼ばれる国家社会主義的な制度である。そのシステムのヘソにあたるのが、市場の役割を否定した以下の二つの仕組みである。
・旧大蔵省の影響下日銀による金融統制のもと、資金を銀行に集中しそこから特定の産業や業種に資金を供給する間接金融方式を定めた日銀法。
・資本の経営に対する影響力を抑えることで、株主資本主義を抑制し会社を「公」化した会社法。
 これらの法律は局所災害を経て改正されたが、未だに周辺の法制度、そして何より行政にあたる人間や国民に色濃く残っている。小泉改革は既成の制度を壊すだけで、何も築かなかったとの評が良く語られるが、私はそうは思わない。小泉改革は、1940年体制の残滓である既得権益を守る縦割り組織と事前裁量・ポジティブリスト規制による過度な保護行政に挑んだが、その改革が道半ばに終わってしまった。
 結果、中途半端なまま裁量的に運営される、いかにも大災害に弱い経済・金融システムが残されてしまったのである。
 現在の日本において、日銀や金融庁、財務省の幹部がマーケットへの肌感覚に基づいた理解を欠いていることは、最大のリスク要因である。金融・経済分野においてリボルビングドアによる官民交流が定着した欧米にとって、官民の壁が高く市場を肌感覚で知らない人間が統制する日本のシステムは、最も与しやすい相手だろう。

リーマンショックの結果、円は対ドル、ユーロ、人民元、アジア通貨の全てに対して大幅に上昇したままだ。これは円の価値が再認識されたわけでも、何でもない。市場を知らない当局がもたらした結果である。今回の地震で手傷を負った日本円が、何故高止まりしてしまうのだろう。市場と対話しながら、少しでも自国の経済にとって有利になるように金融・経済を運営していくのが、行政当局の役割である。
 しかるに日本の当局は、日本経済が上げ潮で強かった時代の感覚から未だ抜けきらず、相手国から要求されたことを受け止め対応するという、リアクティブなマインドセットから脱却出来ていないのではないか? 航空、FTA、農業、全ての交渉が、概してこのようなリアクティブな姿勢に基づいて行われている。未曾有の大津波が押し寄せて来た時、そのような当局者の姿勢が続くとすれば、金融・経済において災害が派生していく、つまりは陸に上がった津波が更にどんどん勢いを増して行くような状況となり、その被害は天文学的なものになるだろう。

プランBに向けて

 そのような現状であるから、当座の問題発生に予防的な対策を講じつつ(津波の発生を阻止)、少しでも大きな混乱を避けるための構造改革を行うことが、現在の政治に求められる役割であり、それを我々?は「プランA」と呼んでいる。

<プランAの内容>
・若干デフレからややインフレの状況で、日銀による国債の引き受けを実施
・経常収支の黒字を維持するためのあらゆる施策を打つ
・抜本的な社会保障改革により歳出を抑えつつ増税を実施
・経済成長率を上昇させる成長戦略とオーバーカンパニーを構造改革
 これらはいずれもハードルが極めて高い政策であり、すべて導入される可能性は決して高くない。
 また、仮に導入されたとしても当面の期間は危機の先送りであり、突発的事象のリスクは拭えない。したがって次回は、不幸にして大津波が発生した時に行う政策「プランB」を披露したい。