2010年2月18日木曜日

「2030年、日本ではガソリン車を走らせない」という未来 【ゲスト講師】大塚耕平・内閣府副大臣(2)

日本がいま「課題先進国」として、様々な問題を抱えていることは共通認識としてあろう。だが、“次なる日本の成長”はどんなものか。読者の方々も独自の成長イメージを抱いているはず。皆様が考えていること疑問に思っていることを、一度、政府の方々と一緒に突き合わせて話してみてはどうか、というのがこの連載の趣旨。
 ゲストとして現職の内閣府副大臣の大塚耕平氏が参加。NBOで「戦略立案のプロ」などのコラムを書いていただいた大上二三雄氏には“まとめ役”をお願いした。読者からの意見で連載の内容が決まってくる“先が読めない”コラム。このコラムの先行きを決める意見欄に加え、前回から開設した屋上会議室でも意見が寄せられ始めている。意見欄、会議室とも、大塚副大臣、大上さんがチェック中。「いろんな意見があって勉強になりますね。この連載を通じて、新しい成長のための提言までできると面白いなぁ」とは大塚さんの最初の感想。
(編集部 瀬川)
前回から読む)

国際外交と経済問題が分断されている日本


大上 あと大塚さんには外交問題についてもお伺いしたいんです。経済・金融と外交は切り離せない問題ですし、やっぱり、これも両義的なテーマです。

大塚 耕平(おおつか・こうへい)氏
1959年名古屋市生まれ。83年早稲田大学政経学部卒業、日本銀行入行。
在職中の2000年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し
博士号を取得(専門はマクロ経済学、財政金融論)。同年、日本銀行を退職。
2001年参議院議員に初当選、現在2期目。鳩山由紀夫内閣にて内閣府副大臣を
務める。著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』(成文堂)、
ジャパン・ミッシング 消えた日本、再生のカギを考える』(オープンナレッジ)など


大塚 ええ。日本の成長戦略を考える上で、外交の位置付けも重要。私は外交とか国際政治の背景には「経済的利害関係がないものはない」と思っています。
 外交的主張とか国際政治における交渉は、すべて自国や自分たちの陣営にとって繁栄あるいは安定につなげることを考えている。最終的には経済的利害に到達するわけです。逆説的に言うと、国際政治や外交は経済政策とも言える。
 ところが、日本の成長戦略を考える上で、経済界も外務省も外交と経済が連動してないんですよね。これは政権を担当してよく分かりましたけれどもね、外務省というのは外交イコール安全保障だと思っているわけですよ。

大上 なるほど。

大塚 でも、その安全保障ですら経済的繁栄を追求するための手段です。

大上 あるいは経済が安全保障の重要な要素になり得る。

大塚 そう。

大上 アメリカとか中東が日本にたくさん投資をすれば、それ自身が安全保障になるわけですから。

大塚 この数カ月、副大臣として実務をしていて驚いたのが、例えば、オバマや習近平などの外国の要人が訪日する時に、外務省にとって経済問題のアジェンダの優先順位がとても低いことでした。経済問題を話題にしないことも少なくない。
 アメリカというのは、政府幹部が外国を訪問する時は、ほとんど「株式会社アメリカの執行役員」みたいな立場で臨む。営業マンとして明確にビジネスアジェンダを持っていると言えます。そういう意味で、やっぱり日本の成長戦略を考える際、外交も含めて国家戦略全体の問題だという認識を・・・。

大上 まだない。

大塚 共有されてないですね。

大上 外務省って大使館は外務省のものだと思っていますよね。あれはそもそもおかしい。

大塚 勘違いですよね。

大使館には日本株式会社の海外ブランチという意識がない。その意識があったら、職業外交官の多くはあんなに牧歌的な生活はしていられないはずです(笑)。

大上 そうですよね。

大塚 しかも、先ほど申し上げたように、世界は動態的にどんどん動いているわけですから。現地の動きは、いくら吸収して本国に伝えても、伝えきれないぐらいの情報があるはずなのに、ローテーションで任地を転々とする職業外交官は現地の情報を意外に知らない。現地のことをよく知っているのは、2年間の任期採用の調査員とか派遣員の人たちです。皆さん、ものすごくよく知っている。
 現地の庶民の生活から、ステークホルダー同士の人間関係までよく知っている。でもこの人たちはだいたい2年、3年で外務省を辞めざるをえないから・・・。










 

大上二三雄氏

大上 職業外交官の人たちって、自分が分からないことは扱わないという傾向がある。経済問題に疎いというのが一般的で、国交省の成長戦略会議でもこの問題はさんざん議論されています。
 でも面白いのは、例えば、某国大使は、現状でいけば出世に取り残されそうだという危機意識があったので、新幹線の売り込みを非常に頑張って大活躍したらしいんですね。そういう危機感があり、何か目的があると意外と頑張る人たちであるという。
 あと、ブラジルでの日本の地デジシステム導入でも、総務省の人が1年ぐらいほとんどブラジルに入り浸ってやったらしいんですね。1人の人間の力で、あそこまでできるわけですよ。

大塚 「外交も経済と密接にリンクしていること」「外交や国際政治は、日本の経済成長や経済発展と表裏一体」という意識を持っていたら、当然動きが変わってくるんですよ。
 日本が繁栄すれば世界の安定につながるというコンテクスト(文脈)が明確になれば、「最前線のビジネスマン」である外交官は、当然そのためにどういう行動を成し得るかを考え、実際に行動しなければならない。そういう観点から言えば、今の彼らの多くの立ち居振る舞いはほとんど職務放棄状態。

NBO 戦後直後は違ったと聞きます。日本のものをどうやって伝えていくのかと、企業もちろんそうですけど、“ブランチ”の方々も必死に考えていたと。

BIS規制強化の舞台裏


大塚 そう。日本の官僚は外交官も含めて本来は優秀な集団です。したがって、やればできる。政府に入って、そうした点を実感したこともあります。例えば銀行のBIS規制。

NBO はい。夏頃まではBIS規制強化の話題が盛んに出てました。

大塚 ええ。2009年9月に金融庁に着任した時、「12月には日本にとって驚天動地のような規制強化案がまとまる」という話でした。実際に交渉に行っている人たちは大変優秀な人たちです。そこで「あなた方は前の政権でどういう政治的ミッションを負って交渉に行っていましたか」と質問したところ、驚いたことに明確な答えがないんです。つまり、「政治的ミッションがなかった」ということです。

NBO え?

大塚 何もミッションがない。だから、優秀な官僚であっても、、交渉現場で相手から厳しい要求を突き付けられれば、「そんなことを日本に導入したら大変なことになるけれども・・・」とは言うものの、それ以上には自己主張ができない。「国際的にはこうだ」と言われる一方だったのではないかと思います。抗弁しようにも、ミッションがない。
 実際は、国際的な基準があるわけではないんです。相手も自らの経済的権益を「国際的な要求」という大義名分の名を借りて自己主張するわけです。交渉手段として表向き「国際的な時流はこうだ」と言っているだけのような気がします。

大上 うーん、やり方がヨーロッパ流だ。

大塚 政治的ミッションがないことから、「あなた方の主張も分かるが、日本はなかなか大変だ」と言っているうちにどんどん押し込まれ、最終的に「年末には言われるままに決まるかもしれない」という状況だったわけです。
 この状況を変えるために、明示的にいくつかの指示をしました。例えば「新規制の導入条件にこういう文言を入れるように」とか、「どうしても自己資本の控除項目について合意ができなかったら、席を立って帰ってきていい」とか。明確にリミットを示しました。そうしたら、交渉担当者のビヘイビアはだいぶ変わったように思います。その後のネゴシエーションはなかなか見事でした。

NBO なるほど。

大塚 「最終責任を政治家が取る」と言ったので、官僚もそのことを心の支え、交渉のセーフティネットとして動く。欧米各国のカウンターパートにもしっかりと働き掛けたようです。特にヨーロッパの大銀行にも規制見直しの共闘を訴えた。するとだんだん雰囲気が変わり、事態の深刻さを分かってきてくれた。
 12月のバーゼルでの最後の会議の時には、後で他国の参加者から伝え聞いた話だと、委員会の議長を務めるオランダ銀行総裁が「あなたはこの問題の重大性を理解してないんじゃないか」と参加者から指摘される展開になったそうです。3カ月前の雰囲気がガラっと変わっちゃったわけですよ。
 交渉担当者の意識で世界は変わるという実例です。あらゆる外交交渉は経済的な問題と密接にリンクしています。日本の経済的繁栄、発展、安定というのは、実はものすごく重要な政治イシューなんです。それが分かってきたら、交渉担当者のパフォーマンスも変わる。
 ところが、例えば環境問題について他国と交渉しなければならない担当者が、成長戦略のペーパーだけを読んでも成果は期待できない。そういう意識のない交渉担当者が、「動態的な成長戦略」「予定調和の結論が用意されてない戦略」を成功させるための国際交渉をまとめ上げられるかといったら、それは無理です。
 繰り返しになりますが、結局、「成長戦略」を成功させる鍵は、企業、官僚などのプレーヤーが意識をどう高めていくかという点です。それから、成長戦略そのものは動態的なものであること、成長戦略は中身の問題じゃなくて定義の問題だということ、そして、成長戦略は国際政治や外交における日本の立ち居振る舞いとも密接にリンクしていること。そんなことを鑑みると、成長戦略の議論はまだまだ本質的な議論になっていません。

本当は、「総員各人の持ち場で全力を尽くせ」が成長戦略


大上 いま大塚さんが言われていることは、今の段階で納得しちゃいけないんだけど(笑)、極めて正論ですね。たぶん、組織を動かすとか、国を動かす時にはまず共通のビジョンがあって、それからロジックに基づき戦略が立案される。それから、組織や人を動かして行くために統制的なもの、具体的には人事が行われと法律をはじめとする規則が定められ、報償や罰などのルールも必要になる。世の中の仕組みから言えば、そういう統制的なものばかりがあがってきます。

でも、本当は他にも大切なものがあるんですよ。それが、パーティシペート&トラスト(参加と信頼)。実際にみんなで参加して一緒にやっていくんだと。そういうものをつくっていく意思であり思いが組織の様々な場所で生まれ全体に共有されて行く、そういった動きが生まれてくるようにならなくてはなりません。
大塚 そうですよね。
大上 これからの「成長戦略の読み方」としては、それが大事になってくる。
NBO 今回の成長戦略は今まで大塚さんのおしゃっている課題を踏まえて出てきたものでは・・・今回は違いますよね。
大塚 政府の一員としてはコミットメントはしていますが、僕自身の問題意識がパーフェクトに反映されたものかといえば、もちろんそうではないし、僕がつくったものではないということですよね。それはともかく、結果的にこういうペーパーになるのは、先ほど来、申し上げているように、経済界もマスコミも、それから政治や行政も、「成長戦略」に関するイメージがこういう「紙」をベースにした成果物がないと不安だというコンセンサスがあるからこそ、こういうものにならざるを得ないんです。でも、これだけで成長できるわけではない。多くの国民が共有するビジョン、国全体から内発的に起こってくるダイナミズムがなければならない。


 










やっぱり定義の話に関係してくるんですね。今までのやり方が限界に直面しているからこそ「成長戦略」が必要だと感じている。そうであれば、今までと同じことをやっていたら、あるいは同じ発想でプランを立てたら、トレンドは変わらないんですよ。
 でも、この事実、つまり「変わりたければ、自分たち自身が変わらなくてはならない」ということさえみんなで共有できれば、あとは内発的に変わっていきます。それぞれの分野でダイナミズムが起きる。英国海軍のネルソン提督じゃないけれども、「総員各人の持ち場で全力を尽くせ」と言うことです。これこそが「成長戦略」の真髄です。

 NHKで「坂の上の雲」(『坂の上の雲〈1〉』文春文庫)が始まりましたね。あれは面白いですね。この間、今回のシリーズの最後の時に、司馬遼太郎さんの本の中の文章を読み上げていたと思うんですけれども、「あの時代日本の近代化に向けて貢献した人の人数を数えてみたら、数十万人だったかもしれないし、ひょっとしたら数万人だったかもしれない。しかし、そのぐらいの人たちが、つまりそれぞれの分野で、『自分はこの分野の近代化をなさなくてはいけない』と思って取り組んだ結果として、近代日本があった」とナレーションが入っていました。まさしく、そういうことです。
 あの小説、そしてドラマは、たまたま秋山兄弟にスポットを当てていますが、司馬さんは、全体像を明確に認識して書いておられるなというのがよく分かる。
 僕は今も一緒だと思うんですよ。例えば、菅さんが凄い「成長戦略」を書けて「この内容に従ったら、日本は10年後にはまた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』になる」と言う。それだけで、実際に成長が実現できるなら、菅さんをエンペラーにしなければいけないでしょうね(笑)。

NBO エンペラー(笑)

大塚 でも、そんな人はいないわけです。各自が今までとは違う努力をしないとダメなんです。

「2030年 日本国内ではEV FCVしか走れなくなる」政策?


 例えば、最近僕は、自動車業界の人に「温暖化ガス25%削減のために、この際、2030年には日本の国内にはEVとFCVしか走らせないということを業界全体で合意しませんか」と提案したりしています。これはどういうことかといえば、25%を達成するためにはガソリン車を走らせない方がいいわけです。そうするとEV、FCVはまさしく国家戦略として開発しなければならない話なので、技術開発コストも含めて、徹底的に政府がバックアップすればいいんです。

低価格化したEVやFCVは世界のデファクトスタンダードになって輸出にも貢献するし、外国産のガソリン車は入れない。

NBO 走らせられない、というわけですね。“例え話”としては走りすぎているけど(笑)。メーカーと政府の役割という意味では分かるお話です。(笑)

大塚 そう。だから、「それで合意しましょう」と水を向けても、日本のメーカーは「EVはあそこのメーカーさんは進んでいるけど、うちは進んでないのでそれを言われると困る」とか、「うちはプラグインハイブリッドだからちょっと待ってくれ」とかまとまらない。気持ちは分かりますが、そこが限界ですね。「坂の上の雲」の時代は、欧米諸国に追いつく、近代化を進めるということに関して、「ちょっと待ってくれ」という選択肢はありえなかったわけです。

NBO なるほどね。

大上 どこかで強引にやってしまうというのが1つあるけど、当然猶予期間みたいなものを置いて、そこに一緒にいこうよ」と。そういう「各員みんな頑張れ」と言ったときに、ネルソン提督であればいいんですけど、みんな間違った認識のもとに各人勝手にやり始めると、それはそれで危険です。

大塚 それは、「坂の上の雲」的に言えば、「日本は近代化のために欧米の制度や文化を導入しなければならない」という、極めて誤解の少ない大方針が共有されていたわけですね。 だから、バラバラにやっていたのではない。

大上 共通のビジョンがあったわけですよね、そこにコモンビジョンがあったわけです。

大塚 そうです。「成長戦略」で出すべき内容は「コモンビジョン」。「ディテイル」まで出すべきだという議論になっているのは、個人的にはむしろ危なっかしいし、日本はまだ限界を突き破れないなと思っています。
 あるいはさっき申し上げたように、「ディテイル」までみんながもっともだと思うものを提示できるような人がいたら、もうその人に総理大臣を20年ぐらいやってもらった方がいいですね(笑)。

大上 まあ、そういう人はいないというですよね。

大塚 いない。

大上 だから、トータルシステムなんていうものの幻想はもう捨てた方がいいのかもしれない。
(次回につづく)

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