日本がいま「課題先進国」として、様々な問題を抱えていることは、皆様、共通認識としてあろうかと思います。では、課題先進国としての“成長”はどんな形になっていくのでしょう。恥ずかしながら現政府が掲げる「成長戦略」がいまいちよく分からないのです。皆様どうなんでしょう?この際、読者の方々が考えていること、疑問に思っていることも一緒に現政府にぶつけてみてはどうだろう。そこから新しい成長像が見えるかもしれない・・・。そんな趣旨で始める連載です。
大塚 では・・・今回は「日経ビジネスオンライン」読者と「成長戦略会議」を継続的にやるイメージなんですね? ゲスト講師として現内閣府副大臣、大塚耕平氏に参加して頂きました。NBOで「戦略立案のプロ」などのコラムを書いていただいた大上二三雄氏にはこのNBO勉強会の“まとめ役”をお願いしました。今後、読者からの意見をもとに、大塚さんらとの議論を深めていく予定です。皆様のコメント次第で内容が変わってくる“先が読めない”連載です。
(編集部瀬川)
NBO はい。昨年の年末、日経ビジネスオンラインで「10年後の日本のシナリオを考える」という読者参加型の勉強会をこっそり開催しました。その時、大塚耕平副大臣には“一個人”として参加していただきました。あの勉強会も今後公開する予定ではあるんですが、あの勉強会で印象的だったのが、大塚さんが「現政府には成長戦略がないというマスコミの批判には、僕はちょっと不満がある」と言って、大塚さん自身が書いた経済リポートをもとに、日本経済の現状を説明してくれたことでした。あれはいい機会で、参加された読者の方々にも「とても勉強になった」と喜んで頂けました。
ところが・・・その後、現政府が発信する情報をいくら積み上げていっても、現政府の成長戦略が伝わってこないんですよ。というよりも、現政権にはアイデアがないのではないか、と思ってしまう話題が実に多い(笑)。それで、この際、読者と一緒に「成長戦略」について話し合う場ができないかと思ったんです。
大塚 耕平(おおつか・こうへい)氏
1959年名古屋市生まれ。83年早稲田大学政経学部卒業、日本銀行入行。在職中の2000年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し博士号を取得(専門はマクロ経済学、財政金融論)。同年、日本銀行を退職。2001年参議院議員に初当選、現在2期目。鳩山由紀夫内閣にて内閣府副大臣を務める。著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』(成文堂)、『ジャパン・ミッシング 消えた日本、再生のカギを考える』(オープンナレッジ)など
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大塚 それは、いい提案です。今は日本経済が危機に直面していると思っています。そのような状況ですから、日経ビジネスオンラインの読者の意見を聞いてみたいですね。政府が年末にまとめた日本の成長戦略に関しても、僕なりにちょっと言いたいことがありました。実際、菅(直人)さんにはいくつかコメントしたんです。
NBO どんなことを?
大塚 一言でいえば、紙で「成長戦略」と書けばそれが日本の成長戦略になるのかということです。「何パーセント成長を目指します」と数字を掲げたらそれが成長戦略なのか。皆さんも、そんな単純なものではないと思っているでしょう。成長戦略とは何か、皆さんが考える成長戦略を「定義」から一緒に話したらいいんです。それを、徹底的に議論しておかないといけない。
たぶん、今回発表されたものも、このままでは表層的なニュースのひとつにすぎず、政治の側からの一方的な発信で終わってしまうでしょう。 そうならないように、もちろん僕自身も努力します。
NBO まず、知りたいのは各分野の目標もさることながら、皆さんが「日本の成長」をどう考えているのかだと思うんです。「課題先進国」(『「課題先進国」日本―キャッチアップからフロントランナーへ 』)として、様々な問題あることは承知しているとは思うんですよ。
でも、その上で、日本の成長は何かというと皆さん思い描いている姿が違うと思うんですね。ですから、皆さんが考えていること、疑問に思っていることを、この際、政府や企業の方々も一緒に突き合わせてみたいんです。
ただ、一方的に意見を言っていても展開がありませんので、まとめ役としてNBOで「戦略立案のプロ」などのコラムを書いていただいた大上二三雄さんに“ファシリテーター”になってもらおうと思ってます。
大上二三雄氏
大上 最終的な結論は読者の方々各自が引き出すことになると思います。ただ、この話し合いの場がある意味、「塾」のように学びの場になれば理想です。その場の講師として、一緒に考えてくれる相手として大塚さんに出ていただくというのはすごく楽しいんじゃないかと思っています。
大塚 大上さんが塾長?
大上 一応。で大塚さんはこの塾の講師であり、政治家、政治の政界の窓口。
大塚 いやー、それよりも“大上塾長の友達”という立場がいいな(笑)。
NBO 自由な場にしたく思ってますので、肩書きはご自由に選んでくださって構いません(笑)。肩書きはともかく内容については責任をもってお願いします。なお、登録読者からのご意見をもとに、4回目以降の連載を続ける予定ですので、皆様、どうかよろしくお願いします。
「日本の成長戦略」に対する評価は?
大上 今日は、大きく分けて、2つのことについてお聞きます。まず、報道などでいわれている「日本の成長戦略」について。12月末に発表された成長戦略ですが、率直に言って、この内容について大塚さん自身どう評価されているのか。あと、もう1つがそもそも「成長戦略って何か」。これについてお伺いしたいんです。
今回の成長戦略に対して新聞は「財源の具体策見えず」との評価をしていましたね。しかしね、戦略立案の段階では、「具体策」がないことなどは当たり前じゃないかとも思うんです。掲げるビジョンと現状にはギャップがあるのが普通です。それを埋めていくにあたっての方針が「戦略」であり、それを実行するためのもろもろ具体策が「戦術」です。現政府がビジョンめいた目標を「戦略」と掲げたことがそもそもおかしい思うんですが、この戦略という言葉に対する定義も含めて、思うところを聞かせていただけませんか。大塚 「成長戦略がない」という指摘を受けていた中で、政府として1つの考え方をまとめました。これがコミュニケーションの始まりになります。その意味では評価できると思います。実際にこの戦略を作り上げる過程では、僕も関連部分には関与しました。
もっとも、2番目の質問である「成長戦略の定義」ですが、マスコミも経済界の皆さんも、なんだか「成長戦略とは政府から提示されて、与えられて、その通りにいくもの」という前提で聞いていないでしょうか?実は、日本の将来を考えると、その点が最も不安です。
「おいおい、どこまでが政府の仕事なんだよ?」
今回発表したシナリオについて、「その通りにうまくいかせるのも政府の仕事ですか」と経済界の皆さんには聞いてみたい。やはり、このシナリオを形にしていくのは、政府だけじゃなくて、実際にビジネスにかかわる人たちも重要なメインプレーヤーです。そのことがあまり認識されてないんじゃないかという気がするんです。
大上 では、僕らも率直に言っていいですか(笑)。そもそも、この「成長戦略」は民主党の政権の初期段階のアジェンダにあったものなんでしょうか。というのも、私の見ている限りですけど、11月ぐらいから、急に経産省の人たちが成長戦略を作るんだ」とばたばたと動き始めて慌ててつくったような印象があります。あともう1つは「現政府、民主党政権は産業界とのコミュニケーションをちゃんとされているのか?」と思うことが本当に多いんです。
私が非常に尊敬している経済人の方が、現政府の某氏と小人数でディナーをともにした折、「20分くらい話をしたら、もう話す気がしなくなった」と振り返るんです。それくらい、「産業界というものに対する認知やリスペクトが感じられなかった」と。
これは、個人の問題ではありません。比較的、ビジネスセンスがありそうな某氏でそのような状況。それ以外にも、現政権の人たちはどうも産業界を低く見ていると思わざるを得ない、といった話題が多いのです。逆に、経済界の比較的良識がある人たちは現政府をエイリアン、進駐軍を見るような感じで遠巻きにみているような状況がありますよ。
大塚 それは、某氏が何の話題について話したかによりますけど、ただ、そういう政治や政府に対する不安感を早く払拭しなくてはいけないとは思います。
その時、大事なポイントは、先ほどの話でいうところの「成長戦略」です。紙に書いて出すことは簡単ですし、それに書いたことを法律や制度にすることはできます。けれども、実際にプレーする人は、政策に関与する側もいれば、ビジネスにかかわる人たちもいるのです。そうしたプレーヤーとしての意識が今ひとつ欠けているのではないか。それが1つのポイントです。
「みんな、コンペティターの存在を理解してないんじゃないの?」
もう1つは、日本のマスコミや経済界からの問い掛けを聞いていると、成長戦略をものすごく「静態的」なものとしてとらえている気がするんですね。そもそも、すべての経済行動、産業政策には必ずコンペティターがいるんです。ところが行政を含めて、コンペティターをあまり意識していない気がします。
大上 ダイナミックな3Cですね(3Cとは「市場(customer)」「競合(competitor)」「自社(company)」の頭文字自社の戦略に活かす分析をするフレームワーク)。
大塚 このコンペティターの問題を分解すると、注意すべき点がさらに2つある。「動態的であるがゆえに想定通りにはならない可能性がある」というのが1点。それから、もう1点は「世界の構造変化を十分意識できていない」ことです。
そういう観点から、成長戦略の最終案をまとめる時に、僕もいくつか注文した点があるんです。
例えば、日本のプレゼンス、立ち位置についてです。相変わらず「アジアに対して、欧米と日本がどのように働き掛けるか」という視点で検討されています。もちろん文章の中には「アジアの中の一員として」というフレーズは出てきますが、読後感は明らかに日本は・・・
“上から目線”では成長戦略はでてこない
大上 アジアとは別だと?
大塚 ええ、アジアとは別だという意識で書かれているわけですね。それで菅(直人)さんに「こういう意識は適切ではないのではないか」という意見を明記したペーパーを出しました。こういう意識はよくないですよ。菅さん自身はよく理解されていると思いますが、とりまとめ担当者はもっとよく考えるべきですね。
実は、それと同じ気持ちになったことが金融庁のある有識者会議の際にありました。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)などの清算機構をどうやってつくるかということを議論していたのですが、「決済インフラをアジアにも提供しなくてはならない」という表現で意見を述べる方がいました。
「このまま放っておくとロンドンのクリアリングハウスが中心になるので、ロンドンに対抗してアジアに拠点をつくるべき」という意見自体は理解できますが、その方の発言はアジアを「上から目線」で見ている印象であり、「日本が提供してやる」というイメージに聞こえました。僕の思いすごしかもしれませんが・・・。 因みに、その方は元官僚で、今は業界幹部でした。
NBO なるほど。
大塚 そこで、僕は「そういう発想を放置していたら、ロンドンを意識しているうちに上海にクリアリングハウスができちゃいますよ」という話をしたんです。
私たちより上の世代は、高度成長期までのG7が世界を引っ張っていた感覚が抜けていない。中国の存在についての認識も僕たちとは意識が違う。僕の子供の世代なんかは、中国は後進国だというイメージはないでしょう。当然、高度成長期世代はそうした子供たちとは全然認識が違います。世界の構造変化について、必ずしも適切でない認識の人たちが産業界や業界の幹部の中にもいることは、日本の成長戦略を考えるうえで根深い問題と言えます。
つまり「そうした業界幹部の人たちが納得する成長戦略であれば、たぶん失敗する」ということなんですね。
大上 そういうことですね。
大塚 極めて「動態的」であるし、コンペティターがいるから予定調和のようにはならない。それが成長戦略の前提です。それと密接に関係する話ですが、「世界の構造変化をどうとらえているか」ということが重要です。アジアについても、いわゆる「上から目線」で見ていたら、今や成長戦略の体をなさない。「アジアの成長を取り込む」という発想ではなく、「アジアの国としてアジアとともに成長する」という意識が重要です。
最初にプレーヤーの話をしました。次が、成長戦略は動態的であるという話。そして、最後の3点目は日本や世界の構造変化に対する認識の問題です。
成長戦略とは何なのか
大塚 僕はこのような作戦ペーパーをまとめなくとも、実はその定義に関してみんなが本質に気がつけば、放っておいても成長すると思っているんです。
それは構造変化の話とも関係があります。「日本の成長が行き詰まっている」のは、各分野に「さまざまな原因がある」からでしょう。だから各分野の「その原因」を除去すれば、自ずと変化が生まれ、成長が始まるはずなんです。
つまり、今までと同じことをやっていたら、今までのトレンドは変わらない。今までの何に原因があって成長が停滞し始めたのか。みんながそのことを自問自答し、プレーヤーとして各人がチャレンジしていくこと――それが成長戦略なんです。この意味さえ共有できれば、放っておいてもみんながそれぞれの動きをし始め、成長に向かって前進します。
そういう観点で、今回最も評価すべき点は、責任者である菅さんが、環境問題や温暖化ガス25%削減目標について、「制約要因だとは思ってない」とはっきり言ったことですね。そこはさすがだなと思います。その目標に対処するために、今までと違うことをやらざるを得なくなるわけです。そういうムーブメントを起こすトリガーを引く。そういう行動を僕は正しいと思っています。今までと違う動きを始めなければ、何も変わらない。
NBO 目標を共有して、そこに向けて「じゃあどうすればやれるのか」と発想の転換を仕掛けていく、と。
大塚 そのとおりです。大事なのはそれなんです。日本のビジネスマンやこれから社会に出る若者が、「今までの日本のやり方はある時期まではよかったけれど、それぞれ時代に合わなくなっている。世界の構造変化に対処せず、今までと同じことをやっていたらトレンドは変わらない。良い方向にはいかない」という意識を共有できたら、後は放っておいても今までよりも良い方向に進むと思います。
大上 その通りですね。
大塚 アニマルスピリッツ。私の大学時代の恩師である伊達邦春先生は、安井琢磨さんとの親交も厚く、シュンペーターの第一人者でした。そこで、僕もケインズとシュンペーターをかなり勉強しました。その中に「アニマルスピリッツ」という言葉が出てきます。「アニマルスピリッツ」についてはいろいろな理解の仕方がありますが、要は、動物は人間よりも本能的に危険や限界を察知し、それを打破するための行動を取るということです。危険が迫っている、限界だということを日本経済とそれを支えるプレーヤーが認識できたら、「アニマルスピリッツ」が自然とわき出てくると思います。
大上 危機感を共有できれば、ですね。
中身からやり取りまでオールドパラダイム
大塚 おそらく、まだそこまでは共有できていない。だからこそ、私としては「成長戦略のペーパーだけ作っていればいいというものではない」という自責の念に駆られているんです。マスコミも「何かペーパーを出してください」みたいなことを言っているうちは・・・。大上 数字を出してくださいとも言いますよね。でも結局、出てくるペーパーは小泉政権でまとめられたものに、作風がそっくりじゃないですか。あれも経済産業省の人たちの素案に、御用学者の方が構造改革=雇用の増加という味付けをして、結局、中身からやり取りまでオールドパラダイムなんです。
言われるように、環境を制約ではなくて、環境を新しい目標として考えよう、というのは正しい。それはニューパラダイムです。例えば、アジアと西欧という2極で未だに物事を考えていたり殆んどがオールドパラダイムの中で、新しいパラダイムもあるのがまあ希望と言えるでしょうか。
私が尊敬する横山禎徳さん(『アメリカと比べない日本』)が良く使う言葉に、オクシモロン(Oxymoron)という英語があります。日本語で言えば相反する両義性でしょうか。あの人は悪い人だけど、いいところもあるとかね。物事には両面性って必ずあると思いますが、日本以外ではどちらか旗幟鮮明にしなくてはいけない。元々は、南方熊楠が言い始めたのですが、あいまいさを許容する日本文化の核心は両義性であると。この特徴は生かすべきでしょう。“西欧の一員でありながら、アジアの一員である”というような、立場の取り方だとかね。
(次回につづく)
日経ビジネスオンラインでは「日本の成長戦略」について「屋上会議室」で意見を募集します。2010年2月10日16時に「日本の成長戦略」という会議室をオープンします。今回の講師である大塚さんが「できない理由を言うのは無駄です。そろそろ、その先の話をしましょう」と言うように、“未来の成長のためのご提案”をお願いします。なお、寄せられた意見をもとに、再度、大塚さんとファシリテーターである大上さんと4回目以降の連載を続ける予定です。どうかよろしくお願いします。
テーマ別に会議室を分けてみましたので覗いてみてください。
■「需要創造(新事業や成長産業)」分室
■「供給側の改革(=規制改革)」分室
■「アジアの成長へ呼応」分室
■「環境問題対応への同期」分室
■「地方からの提案」分室
テーマ別に会議室を分けてみましたので覗いてみてください。
■「需要創造(新事業や成長産業)」分室
■「供給側の改革(=規制改革)」分室
■「アジアの成長へ呼応」分室
■「環境問題対応への同期」分室
■「地方からの提案」分室
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