成長戦略を考えるための前提を揃えておこう
大上:今、大塚さんは、さまざまな役職を担当されていらっしゃいますが、前回、前々回でもお話があった「地方活性化統合事務局」という組織について、少し詳しく教えてください。
大塚 耕平(おおつか・こうへい)氏
1959年名古屋市生まれ。83年早稲田大学政経学部卒業、日本銀行入行。在職中の2000年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し博士号を取得(専門はマクロ経済学、財政金融論)。同年、日本銀行を退職。2001年参議院議員に初当選、現在2期目。鳩山由紀夫内閣にて内閣府副大臣を務める。著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』(成文堂)、『ジャパン・ミッシング 消えた日本、再生のカギを考える』(オープンナレッジ)など
1959年名古屋市生まれ。83年早稲田大学政経学部卒業、日本銀行入行。在職中の2000年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し博士号を取得(専門はマクロ経済学、財政金融論)。同年、日本銀行を退職。2001年参議院議員に初当選、現在2期目。鳩山由紀夫内閣にて内閣府副大臣を務める。著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』(成文堂)、『ジャパン・ミッシング 消えた日本、再生のカギを考える』(オープンナレッジ)など
大塚:地方活性化統合事務局には、各省庁、自治体から多くの人材が集まっていまして、実はいろいろなことができる組織なんです。例えば中心市街地活性化や地域再生計画、さらには構造改革特区。これはすべて、本事務局の業務です。これまではバラバラに行われていたものですが、これからはシナジー効果を発揮させます。
大上:なるほど。構造改革特区の話が出たところで、今後の展開を少し伺いたいと思います。今回、大塚さんは行政刷新会議の規制改革分科会会長に就任されました。これは政治主導で規制改革をやっていこうということの象徴的な立場だと私は思います。
改めて成長戦略ということについて、この規制改革との関係、あるいは大塚さんが考える成長戦略の全体像はどのようなものでしょうか。
大塚:大きく2つに分けて考えなくてはいけないと思っています。
1つは、マクロ経済政策についてある一定のシナリオを持つこと。これは成長戦略にとっては重要なことです。
そして2つ目は、その上で論理的にミクロの成長戦略を組み立てていくことが必要です。マクロ経済政策のプラットフォームが混乱していては、安定的な成長軌道を実現できません。財政政策と金融政策の在り方、およびその連携の在り方をしっかりと安定させなければなりません。
NBO:マクロ経済政策のプラットフォームがちゃんとできているという前提の下で考えると、具体的な成長戦略はどういうものになるのでしょうか。
成長を妨げている原因を探る
大塚:ポイントは4つあると思っています。第1に「需要のあるところには新しい産業や企業が育つ」ということですね。例えば、今、医療支出は着実に増えています。ということはそこには需要がある。政府の医療支出は増え続けていますが、それを受け取るのは民間の企業やサプライヤーであるはずです。その受け取り手が海外ではなく日本の国内に育てば、日本のGDPは絶対に増えます。

大上二三雄氏
大上:そうですね。
大塚:ですからまず、どこの分野の需要が増えているのかを認識すること。そして放っておいても増える分野の需要を有効活用するというのが第1のポイントです。医療がその典型というわけです。
第2のポイントは、需要が伸びる分野があるのに、なぜそこに企業や産業が育たないのかということです。それがこの20年、あるいは四半世紀の日本の問題だと考えています。それは、不合理な規制や制度が成長を阻害していたのかもしれませんし、もっと別の原因があるかもしれません。
大上:文化とか。
大塚:不合理的な規制や制約があるとすれば、それを改革したり発展させていくのは、まさしく政治の仕事だと思っています。そこは今度の規制改革分科会の大きな役割です。
医療を例にあげれば、新薬が許可されにくい、新しい医療機器の開発が進まないという問題があれば、その原因を探し、きっちり対処していこうと思っています。PMDAなどの問題ですね。
ただ、日本が育んできた文化や風土が原因である場合もあると思います。規制や制度は見直せても、実は文化の壁が高かったという場合、それを政府で乗り越えることはなかなか難しいかもしれません。
大上:アメリカでは、ブッシュ政権の時代に、バイオテクノロジーの進歩と治療の問題が、レオン・R・カスを議長とする大統領生命倫理評議会で徹底的に議論されました。その報告書 『A Report of the President’sCouncil on Bioethics, Beyond Therapy Biotechnology and Pursuit of Happiness, Dana Press, 2003』(邦題:治療を越えて青木書店2005年)では、バイオテクノロジーと医療という問題が、多方面の専門家により徹底的に議論されています。
このような議論が有るから、国民も情感に流れることなく、新しい科学の進歩を冷静に受け入れることが出来る。日本では、原子力の問題や遺伝子組み換え作物など、これまでこのような冷静な議論無きままずるずる来ているところも有りますが、そろそろ、「情感を越えた」科学的議論が、多分野で必要な時代になっていると思います。
大塚:第1のポイントは「放っておいても増える需要を有効活用しよう」ということ。第2は「その需要を有効活用できない制約要因があるなら、それをブレークスルーしよう」ということですね。
相手の予想を超える先手を打ちたい
大塚:次に環境対策です。国際経済競争の中で優れたパフォーマンスを発揮していくためには、競争相手の予測の範囲内の行動を取っていても勝つことはできません。例えば「2030年には全て電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)だけにする」など、具体的な目標期限を定めて相手の予測を超えるような先手を打ちたいですね。
大上:そうですね。
大塚:つまり第3のポイントは「環境対策を有効活用する」です。しかも、競争相手が予測できるような常識的な対応じゃなくて、1歩も、2歩も、3歩も先を行った行動を取り、先行するメリットを享受しようということです。これが環境対策を成長戦略に有効活用しようという理由です。
大上:斬新な試みが必要ですね。
大塚:そうですね。それに付随して出てくる話でもありますが、第4のポイントは「新興国の需要を有効活用する」ということです。
世界銀行の予測では、新興国の中間層の人口は約5億人とされています。しかし、これがあと十数年の間に、約10億人増えると言われています。新興国の中間層、あるいは新興国の新中間層のうちの1割の需要を日本が獲得するという国家目標を掲げたら、1億人分の需要を獲得するということになります。つまり、日本丸ごと1カ国分です。
大上:そういうことですね。
大塚:もちろん簡単にできることではありませんが、一口に中間層といっても幅が広い。しかも、中間層以外も含めれば何十億人も人口は増えます。戦略性なしに需要を獲得しにいき、所得の低い層のニーズに応える製品を日本が供給していくようになると、その水準の購買力や価格に対応した産業構造に収斂していくわけです。
しかし日本はすでにこれだけ成熟した産業社会ですから、国内で生産される製品の付加価値は高く、それを生み出すために働く人たちもやっぱり給料は高い方が良いに決まっています。
僕があえて中間層と言っているのは、その層の需要を1割獲得するということを国家としてやっていけば、日本の産業構造や勤労者の所得水準にあった、日本丸ごと1カ国分の需要を獲得することができると考えるからです。 その中の1つが、環境対策に連動しているんですね。新興国でも、中間層で余裕のある人ならば、環境対応車に乗ろうと思う。だから、そこを日本は狙っていけばいいんじゃないかということです。
大上:なるほど。
文化という壁を乗り越える
大上:この4つを「基本戦略」と呼んでいいのではないでしょうか。これは本当にシンプルですが、シンプルなものが正しいと思うんです。みんながすぐ覚えることができて、自分の行動をあらためてそれでチェックできるようになる。このシンプルな4項目というのは大変に大きな意味を持っていると思います。大塚:環境対策技術は他国の追随を許さないポジションを死守するという気持ちと国家戦略が必要だと思いますね。
大上:そうですね。
NBO:今、民間で議論されている中では、日本の要素技術は良いと言われているんですが、プロジェクトベースで負けが続いているところがあるわけです。そこをチームとしてどのようにやっていくのかということは気になりますね。
大塚:そうですね。今、原子力発電所についても、政官財界が一緒になって世界に売り込もうというムーブメントが出てきていますが、オールジャパンでスクラムを組んでビジネスを行うということだと思います。
もうイデオロギーの時代ではありません。中国も今や国家資本主義です。我が国は、よりスマートな資本主義の体裁を整えつつ、負けないようにやっていくということが大事だと思いますね。
だからこそ、第2のポイントでお話ししたとおり、需要のある分野とそのサプライヤーの成長を阻害しているものが何かを見極め、改革しなくてはなりません。制度的、規制的なもの、文化的なもの、何が阻害要因であるかを、よく考える必要があります。
大上:日本はさまざまな取り組みをして成長を遂げてきました。今度は文化的な壁を乗り越える工夫をすることで、さらに成長していけると思います。
良い意見があれば、そのまま受け取って進めます
大塚:次回はマクロ経済政策の話もしなければいけませんね。
大上:アマルガメーションアプローチ(統合政府アプローチ)ですね。これは大塚さんの昔からの持論をお聞かせください。
NBO:それから、読者からこういう意見を聞きたいなどご要望があれば、そちらもお聞かせいただけますか。
大塚:わかりました。今、政権としては「ハトミミ.com」で国民の皆さんの声を聞いていますけれども、屋上会議室は「ハトミミ.com」の日経BP版となってくれればいいなと思っています。皆さんの中で、「自分はこういう分野は成長のエンジンになると思っているんだけど、こんな制約があってできない」「これを何とかしてくれ」という声があれば、是非コメントを入力して下さい。
抽象的なことじゃなくて、具体的な問題を把握できる内容をコメントしていただければ、対応したいと思います。
大上:せっかくこういう掲示板になっているので、ぜひここで議論が深まって、抽象的かつ総合的かつ本質に近いものになって意見が出てくると、すごくいいインプットにもなると思います。
ですから、議論が深まって欲しいということと、意見を率直に出して欲しいということを読者の皆様にはお願いしたいです。
大塚:今回は基本戦略を「4つのポイント」でお示ししました。
「放っておいても増える需要とは何か?」
「その需要をうまく活用することを妨げていることは何か?」
「環境対策を有効活用しようというときに、日本の環境技術を常に世界のトップランナーとして維持するためには何が必要か?」
「新興国の中間層の需要としてはどういうものがこれから生まれ、何を日本から提供すればいいのか?」この4つについて皆さんからのご意見を期待したいと思います。
大上:他にも面白いなと思う声があって、例えば「太陽光発電、風力発電でずっと酸素と水素を作り続ければいいんじゃない?」みたいなもの。そういう意見は、聞いたことがないアイデアでしたのでとても面白いと思いました。
大塚:面白いですね。皆様の声をぜひお聞かせ下さい。
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