2010年4月13日火曜日

4つの基本戦略が日本を変える みんなが“自分で”考える日本の成長戦略

成長戦略を考えるための前提を揃えておこう

大上:今、大塚さんは、さまざまな役職を担当されていらっしゃいますが、前回、前々回でもお話があった「地方活性化統合事務局」という組織について、少し詳しく教えてください。

大塚 耕平(おおつか・こうへい)氏
1959年名古屋市生まれ。83年早稲田大学政経学部卒業、日本銀行入行。在職中の2000年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し博士号を取得(専門はマクロ経済学、財政金融論)。同年、日本銀行を退職。2001年参議院議員に初当選、現在2期目。鳩山由紀夫内閣にて内閣府副大臣を務める。著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』(成文堂)、『ジャパン・ミッシング 消えた日本、再生のカギを考える』(オープンナレッジ)など

大塚:地方活性化統合事務局には、各省庁、自治体から多くの人材が集まっていまして、実はいろいろなことができる組織なんです。例えば中心市街地活性化や地域再生計画、さらには構造改革特区。これはすべて、本事務局の業務です。これまではバラバラに行われていたものですが、これからはシナジー効果を発揮させます。

大上:なるほど。構造改革特区の話が出たところで、今後の展開を少し伺いたいと思います。今回、大塚さんは行政刷新会議の規制改革分科会会長に就任されました。これは政治主導で規制改革をやっていこうということの象徴的な立場だと私は思います。
 改めて成長戦略ということについて、この規制改革との関係、あるいは大塚さんが考える成長戦略の全体像はどのようなものでしょうか。

大塚:大きく2つに分けて考えなくてはいけないと思っています。
 1つは、マクロ経済政策についてある一定のシナリオを持つこと。これは成長戦略にとっては重要なことです。
 そして2つ目は、その上で論理的にミクロの成長戦略を組み立てていくことが必要です。マクロ経済政策のプラットフォームが混乱していては、安定的な成長軌道を実現できません。財政政策と金融政策の在り方、およびその連携の在り方をしっかりと安定させなければなりません。

NBO:マクロ経済政策のプラットフォームがちゃんとできているという前提の下で考えると、具体的な成長戦略はどういうものになるのでしょうか。

成長を妨げている原因を探る

大塚:ポイントは4つあると思っています。第1に「需要のあるところには新しい産業や企業が育つ」ということですね。
 例えば、今、医療支出は着実に増えています。ということはそこには需要がある。政府の医療支出は増え続けていますが、それを受け取るのは民間の企業やサプライヤーであるはずです。その受け取り手が海外ではなく日本の国内に育てば、日本のGDPは絶対に増えます。

大上二三雄氏

大上:そうですね。

大塚:ですからまず、どこの分野の需要が増えているのかを認識すること。そして放っておいても増える分野の需要を有効活用するというのが第1のポイントです。医療がその典型というわけです。
 第2のポイントは、需要が伸びる分野があるのに、なぜそこに企業や産業が育たないのかということです。それがこの20年、あるいは四半世紀の日本の問題だと考えています。それは、不合理な規制や制度が成長を阻害していたのかもしれませんし、もっと別の原因があるかもしれません。

大上:文化とか。

大塚:不合理的な規制や制約があるとすれば、それを改革したり発展させていくのは、まさしく政治の仕事だと思っています。そこは今度の規制改革分科会の大きな役割です。
 医療を例にあげれば、新薬が許可されにくい、新しい医療機器の開発が進まないという問題があれば、その原因を探し、きっちり対処していこうと思っています。PMDAなどの問題ですね。
 ただ、日本が育んできた文化や風土が原因である場合もあると思います。規制や制度は見直せても、実は文化の壁が高かったという場合、それを政府で乗り越えることはなかなか難しいかもしれません。

大上:アメリカでは、ブッシュ政権の時代に、バイオテクノロジーの進歩と治療の問題が、レオン・R・カスを議長とする大統領生命倫理評議会で徹底的に議論されました。その報告書 『A Report of the President’sCouncil on Bioethics, Beyond Therapy Biotechnology and Pursuit of Happiness, Dana Press, 2003』(邦題:治療を越えて青木書店2005年)では、バイオテクノロジーと医療という問題が、多方面の専門家により徹底的に議論されています。
 このような議論が有るから、国民も情感に流れることなく、新しい科学の進歩を冷静に受け入れることが出来る。日本では、原子力の問題や遺伝子組み換え作物など、これまでこのような冷静な議論無きままずるずる来ているところも有りますが、そろそろ、「情感を越えた」科学的議論が、多分野で必要な時代になっていると思います。

大塚:第1のポイントは「放っておいても増える需要を有効活用しよう」ということ。第2は「その需要を有効活用できない制約要因があるなら、それをブレークスルーしよう」ということですね。

手の予想を超える先手を打ちたい

大塚:次に環境対策です。国際経済競争の中で優れたパフォーマンスを発揮していくためには、競争相手の予測の範囲内の行動を取っていても勝つことはできません。例えば「2030年には全て電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)だけにする」など、具体的な目標期限を定めて相手の予測を超えるような先手を打ちたいですね。

大上:そうですね。

大塚:つまり第3のポイントは「環境対策を有効活用する」です。しかも、競争相手が予測できるような常識的な対応じゃなくて、1歩も、2歩も、3歩も先を行った行動を取り、先行するメリットを享受しようということです。これが環境対策を成長戦略に有効活用しようという理由です。

大上:斬新な試みが必要ですね。

大塚:そうですね。それに付随して出てくる話でもありますが、第4のポイントは「新興国の需要を有効活用する」ということです。
 世界銀行の予測では、新興国の中間層の人口は約5億人とされています。しかし、これがあと十数年の間に、約10億人増えると言われています。新興国の中間層、あるいは新興国の新中間層のうちの1割の需要を日本が獲得するという国家目標を掲げたら、1億人分の需要を獲得するということになります。つまり、日本丸ごと1カ国分です。

大上:そういうことですね。

大塚:もちろん簡単にできることではありませんが、一口に中間層といっても幅が広い。しかも、中間層以外も含めれば何十億人も人口は増えます。戦略性なしに需要を獲得しにいき、所得の低い層のニーズに応える製品を日本が供給していくようになると、その水準の購買力や価格に対応した産業構造に収斂していくわけです。
 しかし日本はすでにこれだけ成熟した産業社会ですから、国内で生産される製品の付加価値は高く、それを生み出すために働く人たちもやっぱり給料は高い方が良いに決まっています。
 僕があえて中間層と言っているのは、その層の需要を1割獲得するということを国家としてやっていけば、日本の産業構造や勤労者の所得水準にあった、日本丸ごと1カ国分の需要を獲得することができると考えるからです。 その中の1つが、環境対策に連動しているんですね。新興国でも、中間層で余裕のある人ならば、環境対応車に乗ろうと思う。だから、そこを日本は狙っていけばいいんじゃないかということです。

大上:なるほど。

文化という壁を乗り越える

大上:この4つを「基本戦略」と呼んでいいのではないでしょうか。これは本当にシンプルですが、シンプルなものが正しいと思うんです。みんながすぐ覚えることができて、自分の行動をあらためてそれでチェックできるようになる。このシンプルな4項目というのは大変に大きな意味を持っていると思います。

大塚:環境対策技術は他国の追随を許さないポジションを死守するという気持ちと国家戦略が必要だと思いますね。

大上:そうですね。

NBO:今、民間で議論されている中では、日本の要素技術は良いと言われているんですが、プロジェクトベースで負けが続いているところがあるわけです。そこをチームとしてどのようにやっていくのかということは気になりますね。

大塚:そうですね。今、原子力発電所についても、政官財界が一緒になって世界に売り込もうというムーブメントが出てきていますが、オールジャパンでスクラムを組んでビジネスを行うということだと思います。
 もうイデオロギーの時代ではありません。中国も今や国家資本主義です。我が国は、よりスマートな資本主義の体裁を整えつつ、負けないようにやっていくということが大事だと思いますね。
 だからこそ、第2のポイントでお話ししたとおり、需要のある分野とそのサプライヤーの成長を阻害しているものが何かを見極め、改革しなくてはなりません。制度的、規制的なもの、文化的なもの、何が阻害要因であるかを、よく考える必要があります。

大上:日本はさまざまな取り組みをして成長を遂げてきました。今度は文化的な壁を乗り越える工夫をすることで、さらに成長していけると思います。

 

良い意見があれば、そのまま受け取って進めます


大塚:次回はマクロ経済政策の話もしなければいけませんね。

大上:アマルガメーションアプローチ(統合政府アプローチ)ですね。これは大塚さんの昔からの持論をお聞かせください。

NBO:それから、読者からこういう意見を聞きたいなどご要望があれば、そちらもお聞かせいただけますか。

大塚:わかりました。今、政権としては「ハトミミ.com」で国民の皆さんの声を聞いていますけれども、屋上会議室は「ハトミミ.com」の日経BP版となってくれればいいなと思っています。皆さんの中で、「自分はこういう分野は成長のエンジンになると思っているんだけど、こんな制約があってできない」「これを何とかしてくれ」という声があれば、是非コメントを入力して下さい。
 抽象的なことじゃなくて、具体的な問題を把握できる内容をコメントしていただければ、対応したいと思います。

大上:せっかくこういう掲示板になっているので、ぜひここで議論が深まって、抽象的かつ総合的かつ本質に近いものになって意見が出てくると、すごくいいインプットにもなると思います。
 ですから、議論が深まって欲しいということと、意見を率直に出して欲しいということを読者の皆様にはお願いしたいです。

大塚:今回は基本戦略を「4つのポイント」でお示ししました。
 「放っておいても増える需要とは何か?」
 「その需要をうまく活用することを妨げていることは何か?」
 「環境対策を有効活用しようというときに、日本の環境技術を常に世界のトップランナーとして維持するためには何が必要か?」
 「新興国の中間層の需要としてはどういうものがこれから生まれ、何を日本から提供すればいいのか?」この4つについて皆さんからのご意見を期待したいと思います。

大上:他にも面白いなと思う声があって、例えば「太陽光発電、風力発電でずっと酸素と水素を作り続ければいいんじゃない?」みたいなもの。そういう意見は、聞いたことがないアイデアでしたのでとても面白いと思いました。

大塚:面白いですね。皆様の声をぜひお聞かせ下さい。


2010年4月8日木曜日

たくさんの読者コメントをもって副大臣に取材してきました 大塚耕平・内閣府副大臣に“改めて”聞く日本の成長戦略(その1)

肯定派も否定派もどんどん書き込んでください

NBO:前回、大塚副大臣にゲスト講師を務めていただいたこのコラムは多くの反応があり、同時に「コメント内容の濃さ」ととても驚きました。
大塚 耕平(おおつか・こうへい)氏
1959年名古屋市生まれ。83年早稲田大学政経学部卒業、日本銀行入行。在職中の2000年に早稲田大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し博士号を取得(専門はマクロ経済学、財政金融論)。同年、日本銀行を退職。2001年参議院議員に初当選、現在2期目。鳩山由紀夫内閣にて内閣府副大臣を務める。著書に『公共政策としてのマクロ経済政策』(成文堂)、『ジャパン・ミッシング 消えた日本、再生のカギを考える』(オープンナレッジ)など
大塚:ありがとうございます。私も読者の皆様からのご意見を拝見しましたが、本当に参考になるものが多くありますね。
大上:それは本当によかった。今回は、これまでの3回の内容を振り返りつつ、読者のコメントをどう見るか話した上で、さらなる成長戦略の話を伺っていきたいと思っています。

 前回、「『ダメな理由』は聞きたくない」とした中で、提示された成長戦略の枠組みそのものについて、さまざまな反応をいただきました。たとえば、自動車もすべてEVやFCVにするという、ある意味、乱暴な仮説を提示したところ、「こういうものを待っていた」「ぜひ参加したい」と諸手を挙げて肯定する人がいた一方で、「今までうまく行ってないんだから、結局、上から目線な旧来の乱暴な政治家と一緒か」、「『ダメな理由』を丹念に拾って、そこから学びなさい」という、かなり強い否定のコメントもありました。

NBO:全体で言うと、肯定派:否定派=7対3ぐらいの印象でした。

大塚:私が読んだ印象だと、5対5ぐらいでしたけど(笑)。

大上:いえいえ(笑)、確かに7対3ぐらいだったと思います。面白かったのは、単純に肯定や否定を示すだけではなく、否定派を肯定派の人たちが「そんな考え方ではいけないんじゃないか」とさらなる議論が内部でも起こっていたことです。
 大塚さんはこうした読者のやり取りをどのように読まれましたか。

大塚:そもそも肯定派であれ、否定派であれ、これだけ反応をいただいたということは、日本経済の潜在的活力を感じました。皆さん、やはり日本のこれからを心配しているのだと思います。だからこそ、こういう双方向の、あるいは参加者同士の意見交換が行われることがすごく重要だという印象を強く受けました。
 いただいた意見はしっかり咀嚼するつもりですので、引き続き肯定派の方々にはポジティブなご提案をどんどんいただきたい。
 逆に否定派の方で、できない理由を、あるいは今までうまくいかなかった理由を1つ1つ、拾い上げていくべきだとおっしゃった方々には、「それをどんどん書き込んでください」とお願いしたいと思います。それをしっかり読ませていただいて、これからの糧にしていきたいと考えています。

余裕や付加価値を生み出す空間と時間は欲しいですね

大上二三雄氏

大上:成長を目指していく過程や成長するための壁を1つずつ乗り越えていくためにも、こうしたプラットフォームで国民の意見や感覚に耳を傾けるという機会が大事になってくるんですね。

大塚:前回掲載時のコメントを拝見して感じたのは、ここに参加してくださっている人たちがこのプラットフォームを通じて、さまざまなことに気が付いてくれているということでした。
 このプラットフォームは、まさしくバーチャルな国家戦略室になり掛けているということです。そうした議論の場が、これからもっとたくさん必要だと感じています。

大上:ところで今日、副大臣の部屋に通された時、スタッフの皆さんからとてもフレンドリーな雰囲気を感じました。

大塚:うちの職員ですか?

大上:はい。やっぱり建前ばかりではなく、足元で自由に物を言える空気になっていることが多くの意見をもらうことに繋がるんだと思いました。ワイガヤ会みたいな。ハードルはあると思うんですが、今、副大臣が担当されている地域活性化統合事務局などでも、誰でも参加して週に1回でも、夜に少しビールでも飲みながら、いろいろな地方の問題を取り上げてどんどん語り合っていくというようなことができればおもしろいかもしれませんね。

大塚:それはいいですね。そのぐらいの心の余裕や行動の余裕も欲しいです。お酒を飲みながらなんて不真面目だと思われるかもしれませんが、リラックスできるサロン的なものの中からクリエイティブな発想や意見が生まれてくる場合も少なくない。そういう、良く言えば余裕、ちょっと違う言い方をすれば付加価値を生み出すような工夫をした空間と時間は欲しいですね。

大上:そうですよね。「気軽に話が出来る」場をもっと作らないとだめだなあというのは、つくづく感じます。立場が上の人たちとでも新橋あたりで割り勘でコップ酒に近いようなものを飲み始めると、そこに何か生まれてきますから。そこに行かないとダメですね。

大塚:いまの若い人は「飲みニケーション」というのはあまり好まないんでしょうけれど、お酒を飲む、飲まないは別にして、本当にフランクに自分の考えていることを言い合って、お互いの考えがスパークするような機会は、工夫して設ける必要はありますよね。

大上:ええ、ぜひそういうのを考えてください。水を飲んで熱く語るでもいいし。役所も結構良いことをやっている例はたくさんあるし、地域のために力を尽くしている人達や例も大勢あります。そういう話をみんなでワイワイガヤガヤ共有して、全国に発信していけば、新しいことが生まれてくると思います。

大塚:おっしゃる通りだと思います。先ほど、お話した私が責任者として活動している地域活性化統合事務局というのは、そういった多くの意見をまとめて実現していくチームです。
 例えば地域で何かイベントを開催して活性化につなげたいという案が出た時に、道路に関しては警察、開催する広場の管轄は国交省など、さまざまな規制が各役所にちらばっているんですね。
 その過程で、各役所がそれこそできない理由ばっかり言って、結果的に実現に至らなかった案件というのがいっぱいあるわけです。だから、私が就任直後、地域活性化統合事務局のスタッフに伝えたことは、何かアイデアが出てきた時に、「役所からいろいろな制約があってできない」ということを地域の人達が相談にきたら、たらい回しにせず、ワンストップで相談に乗ってあげなさいということです。

NBO:活性化の目的に耳を傾け、実現のために一緒に考えそれを行動に移すんですね。

大塚:そうです。事務局には各役所からの出向者も地方からの出向者もいるわけですから、ここに頼めば何でも解決する、つまり「どうやったらできるかということを考えるのが、あなた方の仕事です」と。
 これまであった頭の構造を変えただけで、もうだいぶ動きが変わってきているんですよ。

大上:それはうれしいことですね。

大塚:だから『ダメな理由は聞きたくない』に批判的なコメントがあったのは、ちょっと意外でした。
NBO:真意が伝わっていなかったんですね。
大塚:そう思います。地域活性化統合事務局の話は典型例ですけれども、今までは各役所と地方が集まって新しいことをやろうとすると、それぞれのできない理由を持ち寄って「だからこの新しい取り組みはできないんだ」と結論づけ、多くのことが実行されないでいたわけです。
 そうじゃなくて、「どうやったらできるか」という知恵を集めると、1つのプロジェクトがブレークスルーしていくんです。同じようなアプローチで、さまざまな分野でこの国の成長戦略につなげていかなければならないなと思っています。
 ですから、読者の皆さんにも、さまざまな意見、「こうすればできる」というようなお話を聞かせていただければうれしいですね。
(続きは明日。金曜日「新しい政策形成プロセスを構築する時代になっている」です。)