(※編集部注:この連載「戦略立案のプロ」は環境変化が激しい時代の「ぶれない戦略づくり」を一から解説する実践コラムです。是非、最初からお読み下さい。一覧はこちら)
・ | これからの世界、そして日本に関する相場観 |
・ | 自社の本質的な強みと弱み、そしてそれに対する、世代毎の意識や価値観の違いに関する補足 |
・ | 10年後の外部環境に関するメインシナリオ、そしてリスクシナリオX、Y |
どうですか。一時的な満足感を、味わっていただけたでしょうか。この4週間の蓄積で、自分自身、何か変わったような気がしますか?
おそらく、ほとんどの方は、そのような実感は無いでしょう。
でも、それで良いのです。私の知る限り、多くの「一皮剥けた」人たちは、後になりその瞬間を振り返り、「その瞬間、眼の前の霧がさーっと晴れたような印象を持った」とコメントしています。その様な瞬間が訪れるまでの間は、ひたすらもがくしかありません。めげずに、もがいて欲しいと思います。
これから作成するビジョンと戦略を、先週の図に乗せるとこのようになります。完成に向けて、いよいよ8合目、頑張って行きましょう。
まず、ビジョンに関する相場観を持とう
それでは、マイビジョンを制定するために、まず自分が気になる会社のビジョンを眺めて、眼を肥やしていきましょう。
ここでは、日本を代表するいくつかの会社のビジョンを、インターネットを通じて観察してみたいと思います。
まず、なんといってもやはり、日本を代表する企業である「トヨタ自動車」から。
トヨタのHPには、理念やフィロソフィー、豊田綱領、社長あいさつのビデオなど情報満載ですが、このページが、この連載で作成しようとしているビジョンに近いものだと思います。
ここで述べられている、3つのサステナビリティは、今後長期の間において、トヨタが向かうべき方向性(ベクトルの方向)を示しているように思います。
私たちのマイビジョンでは、これに加えて具体的な実現形態をイメージさせるものが必要になってきます。
では次に、流通の雄、「イオングループ」を見てみましょう。
これは何とも、外部から見る人には判断がし難いものです。このような類のものを見慣れている私にも、正直、この絵が言わんとするものが何なのか、良く判らない。この絵に関して社内で教育を受けた人は、良く判っているのでしょうか。
イオングループのHPをもう少し見ていくと、次のような情報を見つけました。こちらが、ビジョンに近いものでしょうか。
ただ、これは将来に向けたありたい姿というよりは、社長の挨拶を含め、単に現在の経営方針を示しているだけのように見受けられます。どうも、いまいちしっくりこないですね。
ちょっと意地悪ですが、イオングループの子会社でどこかビジョンをくっきり示しているところが無いかと思い、探してみると有りました。東北の地場スーパーである「サンデー」です。
どうです、HPの作りははっきり言って旧時代的ですが、この内容はとても良いですね。くっきりと、「ありたい姿」が浮かんできます。内容的には、私たちが目指すマイビジョンに近いものかもしれません。
こんなことをやっていると終わらなくなるので、最後にもうひとつだけ、「ふくおかファイナンシャルグループ」を見てみましょう。
まず、経営理念。
次が、経営の基本方針と称して、第2次中期経営計画のサマリーです。
これも良く有るパターンです。理念と中期経営計画があり、残念ながらビジョンが無い。理念から現状、そして想定される経営環境をもとに到達すべき姿としてのビジョン、そしてこの中期経営計画で5W1H(Who、What、Why、Where、When、そしてHow)がきちんと説明をされていれば、完璧です。
要は、理念と計画を融合させ得るような、あるべき姿=ビジョンがあればよいのです。ここまで整理されているのに、とても残念です。
日本には、このようにビジョンを暗黙知的にあいまいなまま放置している会社が、今でも沢山あるのではないでしょうか。これが日本企業にいまひとつ活力が湧かない根源的原因だとすれば、とても残念です。
ビジョンの構成要素
ビジョンの構成要素に関しては、色々な考え方が存在します。例えば、先週ご覧いただいた「21世紀日本のビジョン」や「日本21世紀構想」などの日本のビジョンは、構成要素が相当に多いです。これは、国家という、きわめて複雑なものを扱っているからです。
また、レポートの内容に関しても、相当な内容の厚さが有りました。これは、構成要素が多いことも勿論ですが、ステークホルダーの数が、作成者、評価者、読者のそれぞれで非常に多く、多岐多様にわたることも原因の1つです。
コーポレートビジョンなども、一般には、きちんとまとめる努力をしないと、ついつい厚くて項目が多いものになりがちなので、注意が必要です。
実際、人間の頭はあまり複雑なものを大量に体系立てて覚えることに、必ずしも適したものではありません。私が普段心がけているのは、セミナーやスピーチでは、メッセージは3つ以内、どんなに多くても5つに抑えることです。
ビジョンは、共有され常に参照されてこそ、初めて意味があります。そのためには、皆さん自身の頭の中に簡単に入り、常に取り出して説明することが可能な状態にしておく必要があります。
私は、1990年代の初めに、アンダーセン・コンサルティング・ジャパン(現在のアクセンチュア株式会社です)の2000年におけるビジョン、2000ビジョンをプロジェクト責任者として作成しました。いまでも覚えている中身は、以下のようなものでした。
・ 2000年にコンサルタント2000人の組織を実現する
・ 年間20億円を売り上げるプロジェクトを10つくる
・ 新卒者の就職人気ランキング20位以内
等々、非常に簡単なものでした。しかも、驚くなかれ、これらすべての目標を、2000年にぴたりと達成したのです(正確には、就職ランキングはもう少し早かったですが)。
みなさんが作成するマイビジョンも、主要なメッセージの数は絞り込み、内容の説明等含め、最終的にはA4版の紙で1~2枚に収めることを強くお勧めします。
ビジョンを考えていくうえでの構成要素として良い手掛かりになるのは、以前、10年後の経営環境を考えた際と同様に、「フレームワーク」です。これを活用すると、漏れ・ダブリが無く(コンサルタントはこれをMECE : Mutually Exclusive Collectively Exhaustive ――「お互いに排他的」で「完全な全体」、と呼びます)企業活動を捕えることができます。
ビジョンを考える前提としての企業活動フレームワーク
昨年、中曽根元総理にお会いした際、経営コンサルタントであることを自己紹介した私に対し、元総理は次のように仰いました。
「企業なんて簡単でしょう。政治は複雑系ですから、私が扱ってきたテーマは、相当に難しいですよ。決まったパターンなどなく、臨機応変な対応が重要。今度教えてあげましょうか」
長年苦労してきた身からすると、企業も決して簡単だと言い切ることはできませんが、最近、もう少し大きな単位で、多数のステークホルダーが登場する状況、例えば高齢化者医療に関する社会システムなど、現代日本の諸課題を議論するような機会があるたび、元総理の教訓を実感します。
少し話が脇道にそれましたが、元総理に言わせると簡単な(!?)企業というものを単純化して考えるモデルは、世の中にいくつも存在しています。
例えば、経営学に関する各種書籍、ハーバード・ビジネスレビューの論文や、主要なコンサルティング会社などの論考レポートを読むと、ビジョンや企業戦略を考えるにあたっての企業活動フレームワークを発見することが出来ます。そのようなあまた有るものの中から、しっくりくるものを探してくれば良いでしょう。
ちなみに、最近のコンサルティング会社HPにあるレポート類の内容は、かなり充実しています。「えっ、ここまで書いてあれば、コンサルタントに頼まなくてもあとは自分たちでできてしまうではないか」と思わせるような内容が、動画やプレゼンテーション・コンテンツを含め、山ほどあります。
中には、WEBプレゼンのREPLAY(これは事前登録制で、WEBカンファレンスの参加者を募集し、カンファレンスでは企業の人間とコンサルタントがプレゼンを実施、そして参加者のQ&Aに音声、メール両方で答えている、そのREPLAYなどという有り難いものです)といったリッチな情報が、英文HPを見るとふんだんにありますので感無量です。
察するに欧米では、経営課題に関する検討をコンサルタントに委託することがより一般的に行なわれているため、情報を公開することによるプロモーション効果がより高いため、このような状況になっているのではないかと思われます。
雑誌や本などを読むより、課題そのものにフィットした今日的な内容が多い(もちろん無料なので肝心のところは隠れていることも多い)ので、企画部門の方なら、たまにチェックしてみることをお勧めします。
下手をすると、日本法人のコンサルタントなどは、そのような内容がWEBにアップされていることを知らずに、その翻訳版を作ってさも得意げにプレゼンをしたりしているケースも想像できなくはないので、先回りをして予習をしたうえで、多少厭味な質問をしていじめてあげましょう。そうすれば、次回からより緊張感を持って充実した内容で臨むはずです。
COPYRIGHTは、各社それぞれ規定があると思いますが、「社内文書に引用を付けて掲載したい」と言えば、まず断られることはないと思いますので、企画文書などに積極的に活用するのも良いでしょう。問い合わせを実施すれば、他にも、使えそうなコンテンツを、色々とアドバイスしてくれるかもしれません。特に大企業の方は、コンサルティング会社はメルセデス・ベンツのディーラーだと思って、いくらでも要求をすればよいと思います。
ここでは、そのような探検をする時間が無い方の為に、日ごろ私が使い慣れたフレームワークを提示しておきます。あくまで1つの例として、参考としてください。
ビジョンを考える切り口
さて、いよいよマイビジョンを考えます。では、どのような切り口で考えましょう? 10年後の環境を想定したときに、自社がかくありたいという姿を、どのようにして考えるのでしょうか?
1つには、自社の10年後における(相対的な)役割、という観点だと思います。あらためて、SEPTEmberのフレームワークを使いましょう。
・ 社会がこうなる
・ 経済がこうなる
・ 政治がこう変わる
・ 技術がこのように進歩する
・ 環境問題がこのようになる
その時、顧客や社会が求めるものは何かを考え、そのような環境における戦略的成功要因(KFS:Key Factor for Success)は何であるかを考える。そのような状況において自社の役割や社会・業界におけるポジションは、どの様なものとなるであろう、いや、どの様なものでありたいか、ということを考えるのです。これは、外圧的に外側から考える切り口です。
もう1つの切り口は、自らの会社が主として組織や経営理念の観点から、どのような会社になりたいか、或いは、なっていなければならないか、ということを考える方法です。
この場合にも、SEPTEmberの各構成要素に照らして、自社がどう変わっていかなければならないか、という観点でKFSを考えていくことが必要です。これは、内在する要素の進化という観点で、内側から考える切り口と言えます。
他にも幾つかの切り口が考えられますが、ここではあえてこれ以上は書きません。好きな人はぜひ自分で勉強してください。
例えば、チャン・キムのブルーオーシャン戦略には、様々な示唆が含まれていると思います。なお、私の友人でチャン・キムの公認弟子として、「日本のブルーオーシャン戦略」という本を書いた安部義彦に言わせると、「日本語訳は真髄を含め多く誤解を招くので原書を読むべし」とのことですので、ぜひ頑張ってください。
ビジョン作成に関する二つのパス
考える切り口を理解したら、いよいよ作成に取り掛かります。それではビジョンと戦略は、アプローチとしてどのように作るのでしょうか?
作成の順序としては、まず、最初にビジョンを作り、次にそれを現状から実現するための戦略を構築します。そしていくつかの切り口で主要な要素を考えた上で、ビジョンとしてそれを構築し書き記すためのアプローチは、通常、2つのやり方しかありません。
・ | 「自社の将来像はかく有るべきだ」、との自らの強い思いから、ひらめくまで修行僧のように考え続け、ひらめいたら一気に書き下す |
・ | 現状から、変えてはならないところはそのままに、変えなければならないところは変え、足らざる部分を追加する。従って、1つの紙を温めながら、項目や文章を書いたり消したりを繰り返す |
また、ひらめきと単なる思い付きは紙一重なので、当然のことながら注意が必要です。前者の方法に依ったとしても、改めて多方面から検証してみると単なる思いつきであった場合は、再び呻吟することになります。
ビジョンの目次例
ビジョンに定型はありません。表現方式が、文章、絵、音、何でも自由なのも、以前説明した通りです。
ここでは、私が文章で表現する際に、下敷きとして使う目次を示します。あくまで参考のために提示するものですので、これに囚われ「思考停止」に陥らぬよう、くれぐれも気を付けてください。
・ | 企業活動の主要要素を網羅したビジョンを表現する、とことん言葉に拘った300字程度の文章。適切なものが浮かぶようであれば、それを説明する図表 |
・ | 10年後の外部経営環境サマリーを項目別箇条書きで表現 |
・ | KFSに関して、外部環境、もしくは内的な視点のいずれか、あるいは両方から、項目別に箇条書き、もしくは複数の項目を包含した文章の形で書きしるす |
・ | 企業活動の主要要素に関する目標説明。定量化できるもの(例えば売り上げや人員数など)は、定量化して示す。定性的なものも、何らかの目標として示す。これらの目標は、上記KFSとの関係でなぜそのようになるのか(WHY)を、自らの思考の根拠として記す |
ビジョンの内容は、繰り返し練っていくことが大切です。社内の人間や、便利な知人など探し、とにかく議論を重ね練りに練っていきましょう。良く、こねくり回すと良くない、などと言いますが、ことビジョンに関しては、こねてこねて粘りが出てどんどん良くなる、というのが私の体験的感想です。
次回は、戦略の作成方法に関して、説明を進めていきたいと思います。
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