転換期を迎えた世界と日本の地位
ベルリンの壁崩壊から東西冷戦が終結し、天安門事件を経て中国が開放経済に移行して20年以上が過ぎた。そして2008年のリーマンショック以降、世界のガバナンスは先進諸国を中心にしたG8体制から、BRICSに象徴される新興国を加えたG20体制に移行した。それは、図-1に示すアンガス・マディソンによるGDP推計を見れば、世界が大きく1820年の状況にリバウンドして行くことに他ならない。そのような中、日本が世界で占める地位はどのように変化しているであろうか。それを推し量るため、日本、アメリカ、中国という日本にとって最も重要な三国間の相互経済依存度を、相手国が自国の輸出に占める割合としてグラフ化した図-2を見ると、日本の世界、特に中国に対する相対的な地位の低下が、一目瞭然である。

10年後に向けた日本のシナリオ
転換期の世界において、ここから10年、2020年に日本はどのような姿になっているであろうか? 筆者が、昨年来各界のミドルからボランタリーな協力を受け、シナリオプラニングの手法を用い2020年に向けた日本の姿を4つのシナリオにまとめてみたのが図-3である。米中が果たして「大人のG2」となるか「国家エゴの衝突」を招くか、日本は影響を与えることが出来るが、結果を決めるのは米中である。それに対して、日本の政治が「創造的改革と自立」に向かうか「現状維持とポピュリズム」に陥るかは、日本国民の選択と政治家の能力の問題であり、結果を決めるのは我々である。
日本の現状(財政)
改めて、日本の現状をより詳細にみてみよう。先ずは財政から見ると、状況は極めて危機的である。日本の国債発行残高は900兆円を超え、対GDP比200%に迫っている。国債以外にも、地方公共団体の地方債発行残高は200兆円、但し国より不明朗会計の地方には大きな隠れ債務が有ると言われ(夕張市が破綻したケースでは、公表地方債残高187億円に対し総負債はその3倍を超える599億円であった!)実態はその2、3倍はあると思われる。過去、そのような国家負債を返済した例として、1947年から28年かけて返済した英国、1046年から28年かけて返済した米国の例が上げられる。これらはいずれも、財政黒字、経済成長、そしてインフレの組み合わせで返済した。
但し、このいずれの例も、第2次世界大戦終了後の経済成長とベビーブームという「上げ潮」の状況下であったことに、留意すべきである。人類史上かつてないスピードで少子化・高齢化が進み、デフレギャップに悩む「下げ潮」状況で巨額の国家負債から脱却に成功した例を、筆者は知らない。
経済の低成長と人口ボーナスの減少により、ここまで国債の国内消化を支えて来た国内預金残高は、2,3年のうちに減少に転じる。郵貯、年金も同様の状況にあり、2013年から14年にかけて消化どころか、その保有する残高を売却する必要に迫られるようになることが、予想されている。これらの理由により多くの有識者は、国債の国内消化が可能なのはあと3年と予測している。
そこに、震災の影響に電力不足・価格高騰が重なる結果製造業の海外流出が進めば、日本の経常収支は赤字となり預金残高の減少は、さらに早まることになる。国債そして円の大暴落という津波は、もう水平線に姿を現している。
日本の現状(経済・金融システム)
それでは、津波を受ける日本経済と金融システムの現状はどうだろう。1990年代後半の金融危機や2002年の小泉構造改革という局地的な普通の津波で、日本の経済・金融システムはそれなりに大きな被害を受けた。そのような経験により、金融システムを守るための銀行破綻や資本注入、あるいは企業の破産や再編といった事後的な対応に関して法整備が進み、一定の経験を積んだと言える。しかし、所詮は局所災害における事後処理対策のレベルであり、構造的な災害に強いシステムへの転換が進んだとは言い難い状況である。
そもそも高度経済成長を支えた、日本型経済・金融システムと呼ばれるものの原型は、日本が中国から更には米英との戦争に向かう中、国家生産効率最大化のために作り上げたいわゆる1940年体制と呼ばれる国家社会主義的な制度である。そのシステムのヘソにあたるのが、市場の役割を否定した以下の二つの仕組みである。
・旧大蔵省の影響下日銀による金融統制のもと、資金を銀行に集中しそこから特定の産業や業種に資金を供給する間接金融方式を定めた日銀法。
・資本の経営に対する影響力を抑えることで、株主資本主義を抑制し会社を「公」化した会社法。
これらの法律は局所災害を経て改正されたが、未だに周辺の法制度、そして何より行政にあたる人間や国民に色濃く残っている。小泉改革は既成の制度を壊すだけで、何も築かなかったとの評が良く語られるが、私はそうは思わない。小泉改革は、1940年体制の残滓である既得権益を守る縦割り組織と事前裁量・ポジティブリスト規制による過度な保護行政に挑んだが、その改革が道半ばに終わってしまった。
結果、中途半端なまま裁量的に運営される、いかにも大災害に弱い経済・金融システムが残されてしまったのである。
現在の日本において、日銀や金融庁、財務省の幹部がマーケットへの肌感覚に基づいた理解を欠いていることは、最大のリスク要因である。金融・経済分野においてリボルビングドアによる官民交流が定着した欧米にとって、官民の壁が高く市場を肌感覚で知らない人間が統制する日本のシステムは、最も与しやすい相手だろう。
リーマンショックの結果、円は対ドル、ユーロ、人民元、アジア通貨の全てに対して大幅に上昇したままだ。これは円の価値が再認識されたわけでも、何でもない。市場を知らない当局がもたらした結果である。今回の地震で手傷を負った日本円が、何故高止まりしてしまうのだろう。市場と対話しながら、少しでも自国の経済にとって有利になるように金融・経済を運営していくのが、行政当局の役割である。
しかるに日本の当局は、日本経済が上げ潮で強かった時代の感覚から未だ抜けきらず、相手国から要求されたことを受け止め対応するという、リアクティブなマインドセットから脱却出来ていないのではないか? 航空、FTA、農業、全ての交渉が、概してこのようなリアクティブな姿勢に基づいて行われている。未曾有の大津波が押し寄せて来た時、そのような当局者の姿勢が続くとすれば、金融・経済において災害が派生していく、つまりは陸に上がった津波が更にどんどん勢いを増して行くような状況となり、その被害は天文学的なものになるだろう。
プランBに向けて
そのような現状であるから、当座の問題発生に予防的な対策を講じつつ(津波の発生を阻止)、少しでも大きな混乱を避けるための構造改革を行うことが、現在の政治に求められる役割であり、それを我々?は「プランA」と呼んでいる。<プランAの内容>
・若干デフレからややインフレの状況で、日銀による国債の引き受けを実施
・経常収支の黒字を維持するためのあらゆる施策を打つ
・抜本的な社会保障改革により歳出を抑えつつ増税を実施
・経済成長率を上昇させる成長戦略とオーバーカンパニーを構造改革これらはいずれもハードルが極めて高い政策であり、すべて導入される可能性は決して高くない。
また、仮に導入されたとしても当面の期間は危機の先送りであり、突発的事象のリスクは拭えない。したがって次回は、不幸にして大津波が発生した時に行う政策「プランB」を披露したい。
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