前回は、皆さん1人ひとりが作る“これから50年の相場観”に関して
書きました。皆さんの植林作業は完了しましたか? 広い区画に、
植えたばかりの木がちらほら、既に多少育った木も何本かあるので
しょうか。いずれにしても、これが皆さんの現時点における相場観です。
これを踏まえることで、きちんと主語、述語、目的語を持ってその内容を
誰に対しても説明できるようになるはずです。
今まで、皆さんは世の中の多くの事柄を他人事として捉えていたのでは
ないでしょうか?しかし、この相場観が出発点となります。皆さんは、
何らかのロジックを基に作り上げた明瞭な仮説を持ったのです。
■相場観を初期仮説としてプロアクティブに磨いていく
「ウイグル自治区の問題」から「レアメタルの備蓄問題」まで、これから
全て世の中の出来事に対して、皆さんは仮説とロジックをもとに分析・
検証し修正・進化させることができるなることが目標です。ニュースで
報道される様々な出来事、読んだ本の内容、同僚と交わす会話、
全てについて、その本質的意味を考えることが大切です。
トイレで、電車の中で、歩きながら、風呂に入りながら、とにかく「理由と
結果」を考え続けます。そして、語る相手がいれば、あなたの仮説と
その検証結果を語り、フィードバックを獲得しましょう。そのようにして、
日々、木が育って行くのです。
今まで、仮説無しに生きていたあなたは単にあるがままに時を生きる、
観光バスツアーの旅人でした。このような態度をリアクティブ(Reactive)
と言います。これから、仮説を持ったあなたは、常に外界を観察し諸事の
何故を探求し、働きかけていきます。このような態度を、プロアクティブ
(Proactive)と言います。
人生そのものの考え方として、二元論的に、リアクティブはダメで
プロアクティブが良いということでは必ずしもありません。しかし、変革期
リーダーのビジネスにおける態度としては、プロアクティブが良いのは論を
待たないでしょう。
■せっかく思考停止状態から抜け出したのだからもう罠には陥らない
さらにもう1つ重要なのは、「思考停止の罠」に陥らないようにすることです。
相場観という「出発点としての仮説」を持ったことで、思考停止状態から
抜け出したあなたを、再び捕える罠、それは思いつき、思い込み、そして
妥協です。
よく世の中には何でもコメントする人がいます。朝のテレビ番組を見てください。
様々な話題に関して、自らの意見を披露する人たちが並んでいます。
あんなに簡単に、およそあらゆる世の中の出来事に対して、考え、即座に
意見を述べることが出来るのでしょうか?それは、神様でもない限り無理です。
では、彼らはなぜ答えることが出来るのでしょうか?
それは、思いついたことを、そのまま喋っているからです。それが彼らの
ビジネスなのです。何でも思いつきをすぐ口に出す癖がついてしまうと、
当然のことながら思考はそこで停止します。一段、二段、常に課題を
掘り下げていく癖をつけましょう。
思い込みも、思考停止の原因となります。話していると、必ず自分の
フィールドに話を持ってくる、こういう人と話していると、例えば、世の中の
問題はすべて教育問題に収斂してしまいます。それでその場を凌ぐことは
できますが、あなたの仮説は深まっていきません。
自分の十八番(フランチャイズ)があっても、敢えてその外で考え議論を
していく。そのことで、思考停止を避けると共に、より自分を逞しくすることが
出来ます。
考え続けていると、何となく「もうこれでいいや」と、つい妥協してしまうことも
あるでしょう。話し相手と、意見が違う場合はなおさらです。そのことの原因が
何によるのか、細部を曖昧なまま残して終わらせていませんか? あるいは、
社内の会議で余り深く知らない人たちが集まって議論すると、何となく、
お互いを傷つけないように玉虫色の結論を導いたり、あるいは妙に細かい
具体例を並べ、全員のコメントを一通り取り入れたりしてしまう。誰もが
経験があるでしょう。
コミュニケーションのテクニックとして、そのような対応は当然にあり得ます。
ですが、そのような状況に、自らは安易に妥協することなく、クリアにしなければ
ならない点はきちんと突き詰める、あるいは、後で自らの思考を深め自らの
ものは書き換えてしまう、そのような姿勢が、思考を深めるという観点では
大切です。
■コンサルタントが頼もしく見える理由
余談になりますが、コンサルタントという人種は、どんな場所でも必ず仮説
(=あるべき姿)を用意して臨むようにしつけられています。具体的には、
コンサルタントのキャリアが始まった段階で、あらゆる局面で自然に仮説を
前提にして、発言や行動が出来るようになるまで、何年掛かろうが徹底的に
反復訓練を行います(まあ1年以上かかるような人は、たいていその前に
淘汰されてしまいますが)。
仮説無しで現場に行くのは、単なる好奇心や観光客ですが、そこに仮説を
持って臨むことで、その構築の段階からの振り返りと併せ、そのイベントの
前後を含め学習をすることが可能になります。
コンサルタントは、このようにしてトイレの中でも食事中でも、自らの判断力や
観察力、そして創造力を磨き続けています。プロフェッショナルとしての
コンサルタントの価値の中核は、まさにそこに有るのです。
皆さんがこの作業を通じて、その事を体感的に理解すれば、皆さん自身が
経営戦略を考える、あるいはコンサルタントの使い方を考える際に、きっと
役に立つことが多くあると思います。例えば、コンサルタントに対して、
何を聞いても答えが用意されているということを、過度に評価する必要は
ないのです。なぜなら。それは当り前の行動様式なのですから。むしろ
その事を前提に、その深さや真贋を、背景にある考え方を問うてみれば
良いのです。
■歴史が人を作り、人々の営みが会社を作っている
ではいよいよ、自分の会社の検討に入りましょう。
さて、普段のあなたなら、何から始めますか? 長期経営計画を読みますか?
それとも、アナリストレポートでしょうか? いいえ、そのような近視眼的なもの
を見てはいけません。目線が低くなってしまいます。
皆さんに真っ先に読んでもらいたいのは、「社史」です。まずは、社史をひもとき、
創業者の気持ちに思いを馳せてみましょう。そして、成長期における名経営者
の気持ちを、次に考えてみましょう。そのような経営者の思い、そして会社に
起こった様々な出来事が、現在のあなたの会社を作り上げているのです。
より良くその内容を理解するためには、創業時や成長期の時代環境を知ること
が大事です。その当時の世界、そして日本は、どのような状況にあったのか?
それを肌で知ることが大切です。
CIやその他で、ちょっとした冊子やビデオが用意されているケースも多い
でしょうが、やはりここはじっくり社史を中心に、関連する書籍や資料などを
見ていただきたいものです。
そのためにどうしますか? 年表やネットによる調査を開始しますか?
いいえ、私ならまず社史の著者にコンタクトを取ります。本である以上、
書いた人は必ず居るはずです。そしてその作者が作成するために使った
関連資料の中に、当時の状況を紐とくための書籍や資料が、間違いなく
存在しているはずです。
一般的に社史などは、(残念ながら)あまり顧みられる書物ではない
でしょうから、著者はあなたからのアクセスを歓迎して、きわめて好意的に
対応してくれるはずです。
また、会社にとって重要な時代背景を理解するには、映画も良いのではないか
と思います。近代日本を描いた黒沢映画や、植木等の無責任男シリーズ、
加山雄三の若大将シリーズ、森繁久彌の社長シリーズ等々、どのような
書物より雄弁に当時の世相を伝えてくれます。
そして世界を理解するのにも、映画はとても役に立ちます。「アパートの鍵
貸します」などを観ると、50年前のアメリカサラリーマン社会は、現代の日本
に比較しても、遥かに牧歌的であったことが良く判ります。「ウォール街」に
出てくるハゲタカの元祖のような存在は、その奇妙な魅力と相まって、
アメリカ社会における金融の位置づけを、よく理解させてくれるでしょう。
それから、多くの企業にとって戦後日本の発展とその根底にあった経済
システムの変遷は、何らかの意味を持っているはずです。1940年体制から、
戦後の経済史を理解するためにはさまざまな書物が有りますが、私が
お勧めするのは野口悠紀雄の『戦後日本経済史』(新潮選書)です。
もっとも、本としてより良いのは、著者の名を高めた『1940年体制―さらば
戦時経済』ですが、こちらは絶版なので、無理して入手するまでのことも
ないでしょう。
もし、野口悠紀雄の本を読んで、戦後日本の歩みに興味が湧いたなら、バブル
崩壊以降の20年を辿る書物はあまたありますが、私のお勧めは、村山治の
証言』を併せて読むことです。やはり、金融は経済の根幹というか神社の
ようなところですし、何らかの形で日本経済の直近20年と現在の方向性を
理解することは、大変有意義なことであると思います。
あと、多少マニアックなものがお好きであれば、山一証券の破産に関する
調査報告書は公開されており、ネットを検索すれば誰でも入手可能なので、
ぱらぱらとめくってみると良いでしょう。会社が潰れるということが、実感として
良く判ります。
■社史とその周辺から何を学びとるか
会社の歴史を紐解いたことで、あなたは自社の強み・弱みについて、仮説を
作りだすのに十分な情報を得た筈です。では、どのようにして仮説を作って
いきますか?
それには、色々な方法が考えられます。ここでは、私の方法の概略を紹介
します。くどいようですが、思考停止をもたらすので猿真似はダメです。
これを参考に、もしくは反材料として、皆さんのやり方を考え、試行してみて
ください。
1.会社を以下の4フェーズに分け、エポックメーキングな事柄を中心にした
年表をつくる
・ 揺籃期
・ 成長期&反抗期
・ 壮年期
・ 老年期
2.日本の歩みをそこに重ね、当時における会社の主要課題と成功・失敗要因を
識別する
3.そこから、現在、会社としての強みと弱みが何処にあるか仮説を作る
4.現在の会社構成員を10年単位に区切り、それぞれの代表的な層が入社
以来どのような経験を重ねているか、イメージする
5.各層の意識、強みと弱みについて、自らのイメージを重ねていくことにより
仮説を作る
6.会社、および各層の強み・弱みを重ね合わせ、思考と議論を重ねていくこと
により、仮説を検証し、進化させていく
強みと弱みは、せいぜい3項目もあればOKです。ただ、単語ではダメ。
主語、述語、目的語をもった短い文章で、しかも言葉や優先順位には、
とことんこだわってください。
この仮説は、多面的かつ重層的な構造を持っています。臆せず上司や先輩を
訪ねて議論していきましょう。職場の同僚や部下も格好の相手です。その際、
会社の歴史と世代の仮説をベースに、思考の進化を行っていくのは当然です。
貴方の一回り上は、下は、どのような歴史をたどってどんな意識を持っている
か、そしてその強みや弱みは。常にそのような仮説と検証を、重層的に繰り
返していくのです。
どんな会社にも「伝説の存在」はいるでしょう。直接の面識はなくても、アポを
取って会ってみましょう。もしアポが取れなければ? 同じ会社の人間を
そのように扱うような「伝説の存在」には、価値がありません。忘れてしまい
ましょう。また、他社の人や取引先にも会って話をしてみましょう。きっと、
様々な事を教えてくれるはずです。
■社史が無いなら作ってしまえ
此処まで来て、社史が無い人はどうすればいいのですか? という声が
聞こえてきそうですが、ここまで読んだ人で、そんなリアクティブな人はあまり
残っていないと思います。
そうです。社史が無い会社にいる貴方には、最高のチャンスがあります。
貴方が社史を作成すればいいのです。1人でやる必要はありません。
プロジェクト・チームを提案して作成すればよいのです。時間や費用?
そんなもの、予算に合わせてやればいいのではないですか。
極端な話、1人で1日だって、年表くらいなら作成することは可能でしょう。
私たちコンサルタントは、これを、「Scope to Budget」と言います。
■役員クラスとのコンタクト
ここまで来たら、いよいよ、度胸試しも兼ねて役員レベルと話してみませんか?
もし現役役員に臆するのであれば、相談役でも良いでしょう。私の
コンサルタント時代の経験に照らせば、彼らは、存外孤独であるし、
実はちょっとした暇な時間を持っているものです。
私のコンサルタント時代、気合が入ったクライアントにおいては、社史を読み、
上記のようなプロセスを経て数枚のペーパーを作成し、社長や重鎮クラスに
送った上で、「理解を深めたい」とのことでアポイントをいただきました。
断られた記憶は少ないですし、昼飯や夕飯の余禄にあずかったことも多く
有ります。そして何より、より深いクライアントに対する理解と情熱、
そして深い信頼関係を築くことが出来たのは、大きな財産と言えます。
■世界観に関する補足と読者のコメントへのお返事
50年の相場観を養う上で、私が参考にあげた本が結構売れているとのこと。
驚くとともに嬉しく思いました。
読まれた方、どう思われたでしょうか? 私の世界観の中では、あれは、
世界史観の殻をかぶった西洋史観であり、西欧知識人レベルの集約的な
見解を代表するものだと思います。もし、東洋・日本の方向にもう少し補正
したければ、田中明彦の『ポスト・クライシスの世界』を読まれるとよいでしょう。
それから、頂いた読者コメントの中にあった『うらしまニッポン―会社員が
日本を変えるMBA系リーダー学』、手に取り読んでみました。著者の
荻山和也さんは残念ながら存じ上げませんが、志を同じくする方と感じ
ましたし、内容は、現在の日本企業の企業文化や組織マネジメントといった、
主として内的な問題を概観するインプットとして良いものと思います。
この類の本で、企業文化や組織マネジメントの他に、経営戦略、商品開発、
マーケティング、M&Aとアウトソーシング、経営管理、財務、研究・技術開発
などの日本企業に関する諸課題を、読みやすく解説した本を探していけば、
コメントを投稿された方のみならず、皆さんのニーズに適うのかもしれません。
それから、若干宣伝になりますが、単なる“スキル系の知識”を求めるならば、
私をはじめ当社のコンサルタントが監訳した、
これはハーバード・ビジネススクールのレクチャラー達が、ビジネススキルの
各分野に関して、読みやすくポイントを簡潔にまとめた良い本です。